<日本化学会のミッション:炭素中立型(循環型)社会への貢献と化学人材育成 多様な活動、議論の場も広げる 日本化学会・菅裕明会長>
まずカーボンニュートラルについて日本化学会の提言を紹介したい。脱炭素という言葉は、炭素がない社会を目指すという誤った印象を与えてしまうので使ってほしくない。私達としては二酸化炭素(CO2)の排出と吸収のバランスが取れた社会、科学的にはCO2を媒体とした炭素循環が100%達成された社会を目指すということだ。
日本化学会は、化学を中心とする多様な領域の研究者、技術者、教育者が研究成果を発表し交流する日本を代表する科学者コミュニティである。産業振興、知識の普及、それを担う人材の育成を図り、それをもって社会の発展に寄与することをミッションとしている。SDGsについても多様な分野に貢献していくことが基本理念の一つになっている。
基本戦略の一つが人材育成と多様化である。日本化学会は7つの支部があり、それぞれ独自の活動を行っているが、2022年度は150回を超える講演会、講習会、実験教室が開催され受講者数は1万人にのぼった。
日本化学会は化学を広め、未来の化学者を育てることが非常に大きなミッションである。各地で行われる化学教室は、学校ではできないような体験ができるとあって大変好評である。22年度は110回、6200人が参加した。小中学生を対象にした「化学だいすきクラブ」にも力を入れている。これは寄付などで運営されており、ニュースレターの発行、自宅で楽しめる実験の紹介を行っている。
中高生を対象にした化学グランプリは国際的に通用する若い化学者を育てることが目的で、3000名を超える参加者が競い合う場になっている。本大会で選抜された日本代表生徒は国際化学オリンピックに出場している。23年は金賞2名、銀賞2名という素晴らしい成績を収めた。
10月開催の化学フェスタは大学院生、大学教員、企業の研究者が一堂に会して発表、議論する場として定着している。このように日本化学会はシームレスな人材育成を行っている。
次にジャーナルの国際競争力のさらなる強化について紹介する。日本化学会は「Bulletin of the Chemical Society of Japan(BCSJ)」と「Chemistry Letters」の2つの国際誌を発行している。とくにBCSJは1926年創刊という非常に長い歴史を持ち、年間約300の論文を掲載している。
昨今、ジャーナルの商業化が進み、論文がどれだけ引用されたかを示すインパクトファクターが重視される傾向にある。BCSJでも22年に北川進先生をゲストエディターに迎え、「Masterpiece Materials with Functinal Ecellence」をテーマに有機材料、無機材料、超分子化学など最先端の論文を掲載し、非常に高いインパクトファクターをもたらした。また、ジャーナルの世界的なオープンアクセス化の潮流に対応するために、世界的に認知度が高い出版社のOXFORD UNIVERSITY PRESSとの協業を24年から開始することとした。
国内外の化学系学会・協会、産業界との連携強化では、21年10月にカーボンニュートラルをテーマに面白い取り組みを行った。モデレーターに川合眞紀先生(日本化学会前々会長)を迎え、当時の協会・学会の会長様にご講演していただき、非常に活発な議論を行った。今年は新たな試みとして7月に「企業経営とカーボンニュートラル」をテーマにCTOサミットを開催した。第1部で化学各社のCTO、経済産業省のキーパーソンに発表していただき、第2部で皆さんに本音を語っていただく議論の場を設けた。パネラーだけでなく会場からも多くの質問が寄せられ、モデレーターを務めた私にとっても満足する内容となった。地球規模の課題は1社ではなく、化学各社、コンシューマーを含めた企業の連携が必要で、カーボンニュートラルに貢献する製品、マテリアルには高い付加価値があることを一般の方々に理解してもらうことが非常に重要であるということを共有した。今後もこういった活動を継続していきたい。