ユーザー事例

EAGLYS ALCHEMISTA

大塚化学がMI × 秘密計算で 企業間データ連携の価値実証へ

大塚化学株式会社は、秘密計算技術を専門とするスタートアップであるEAGLYS(イーグリス)と連携し、安全な企業間データ連携に基づくマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の実用に、業界で初めて取り組んでいる。 PoC(概念実証)として、「EAGLYS ALCHEMISTA」の活用を進めているもの。MIへの取り組みからPoCを進めた経緯、PoCから得られたことや今後の方向性まで、IT企画部 MI推進室の大薗慎二室長に話を伺った。

聞き手
EAGLYS プロダクト ヴァイスプレジデント
阿須間 麗
EAGLYS
プロダクト ヴァイスプレジデント
阿須間 麗
EAGLYS プロダクト ヴァイスプレジデント 阿須間 麗

阿須間

弊社が開発している秘密計算のMIソフトを、業界で初めてお使いいただいたということで、わたしたちも非常にうれしく思っています。大塚化学さまはMIの取り組みで先進的な企業として有名だと思いますが、まずは大塚化学さまがどんな会社かを教えていただいてよろしいでしょうか。

大塚化学株式会社
IT企画部 MI推進室
大薗 慎二 室長
大塚化学株式会社 IT企画部 MI推進室 大薗 慎二 室長

大薗

会社としての創業は1950年です。当初は海水からにがりを採取して食塩を製造し、販売するところからスタートしました。そこから、無機材料、有機材料、フィルムや医薬品原薬など多岐にわたる製品群を取り扱うようになりました。材料としても幅広く、さまざまな産業でご使用いただいているのが現状です。
弊社の企業理念は、「私も信頼、会社も信頼 信頼は社会の夢 技術と心で信頼の構築 信頼と人の輪を世界に拡げよう」であり、私たちが主体としているB2Bビジネスにおいては、顧客との「信頼」関係を大切にすることで「ユニークケミカル」、すなわち大塚化学だからできる化学製品を開発して、世の中の課題を解決する企業として成長してきました。現在は、より具体的に、「素材の力を顧客と共に創造的に、かたちにする会社」をあるべき姿とし、常にお客様のニーズに寄り添うかたちで材料開発し、お客さまに多様なソリューションを提供することを目指しています。そのように、「素材の力」を「かたち」に変える会社へと事業領域を拡大しています。

研究の属人化が課題
トップダウンで検討開始

阿須間

ありがとうございます。冒頭にも申し上げたように、大塚化学さまといえば、MIでは進んでいるというイメージがございます。そうしたMIへの取り組みについて、最初のところからうかがってもよろしいですか。

大薗

MIへの取り組みは2019年の冬からです。組織をつくって本格的にMIを導入検討する段階で、研究員と二人三脚で、いろいろな材料でMIが活用できるのかどうかの検証から始めました。
新しい技術ですから、当初は懐疑的な人も多かったのですが、積極的に協力してくださる方もいらっしゃいましたので、そうした方々と二人三脚でデータ解析の有用性の検証を進め、実際にいくつかの新しい材料の発見ですとか、既存製品の生産性を上げるような提案ですとか、事業に貢献できるという実証ができたおかげで、会社内にも少しずつ「やっぱりデータ解析って大事だよね」という雰囲気が出てきました。それで、いまは全社的に取り組みを進めようというステージに来ています。

阿須間

そもそも、どんな課題があって、MIをやってみようとなられたのでしょうか。

大薗

そうですね。お客様のニーズに応えようというのが基本的な研究開発のスタイルです。直接お客さまの声を聞いて製品をカスタマイズしていった結果、お客さまとの個別の取り組みを通じて得られた新しい発見やデータが、担当した研究員個人に帰属してしまって、組織としての力になっていないという悩みがありました。組織として体系だてたデータ解析を行うことによって、研究員の個人スキルに依存せず、会社として効率良く迅速に新しい材料を提案できる体制をしっかりつくっていかないと、これからの時代に生き残っていけないのではないかという危機感がありました。やはり、いちばん大きかったのは「属人化」という課題でしたね。

阿須間

当時、そういう問題点が顕在化しておられたのでしょうか。

大薗

いいえ。いままで通りのやり方でお客さまのニーズに応える材料提案が出来ていたのですが、当時の研究開発管掌の担当役員に「このままでいいのか」という問題意識がありまして、「5年先を考えたときに、いまのやり方では負けてしまうのではないか」ということから、いわばトップダウンのかたちで検討が始まりました。

阿須間

大薗さまは現在、MI推進室の室長でいらっしゃいますが、どういうきっかけだったのでしょうか。

大薗

以前は経営企画部に所属していました。幅広く事業課題を認識しているとともに、材料に関する知識もあるということで声がかかったんだと思います。実際、MIの専門家は社内に誰もいませんし、外部から採用するのも難しい状況ですから、中の人間から選ぶしかなかったということですね(笑い)。2016年頃、経営企画部時代に、人工知能(AI)はやらなきゃダメですよというような提案はしていましたが、2018年頃になるとMIが話題にのぼりはじめ、研究所の方からもこれに取り組まなければならないという意識が盛り上がってきていたと思います。

心をつかまれた秘密計算
PoCを即決へ

阿須間

ところで、EAGLYSは「秘密計算」という知る人ぞ知る技術を研究開発している企業です。社会実装の事例もまだあまり確立できていないのですが、どういう経緯で「秘密計算」をお知りになったのでしょうか。

大薗

MIに関する国家プロジェクトのひとつに、経済産業省と産業技術総合研究所の「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(超超PJ)がありまして、きっかけは2022年1月に行われた最終成果報告会だったんです。
このプロジェクトに弊社は参加していないのですが、MI動向の調査目的で報告会には出席していました。その際、産総研のサイバーフィジカルセキュリティ研究センター長の松本さまのご講演にて「秘密計算」という技術を初めて知りました。こんな技術があるのか、とたいへん驚いたことをいまでも覚えています。今後、データ連携が必ず必要になるが、共有していいデータとは何かという話になると、他人との共有はやはり難しいということになってしまいます。それを突破する技術に「秘密計算」があると紹介してくださったんです。
そのときは具体的な活用方法をご説明いただいたのではなく、あくまでもこういう技術があるよというご紹介だったので、どうやってビジネスに落とし込むかということはまだ十分に議論できていなかったのかなと思います。それで、そのあといろいろ調べてみて、理解が進むほどにこれはいけるのではないかという思いを強くしました。確信めいたものはありましたね。

秘密計算とは

秘密計算とは

阿須間

そうですか。秘密計算を研究開発している企業は弊社以外にもいくつかありますが、どうやってEAGLYSにたどり着かれたのでしょうか。

大薗

まずは企業調査を行いまして、4社をピックアップさせていただきました。その中から、新しい取り組みですので、フットワークが軽いスタートアップ企業が好ましいと思ったことと、問い合わせへのレスポンスが非常に速かったこととで、EAGLYSさんに決めさせていただいたんです。プロジェクトがスピーディーに進みそうだと思えたことが大きな要因でしたね(笑い)。

阿須間

弊社としても、社会実装のユースケースを早く見つけて確立したいという思いが強かったです。その意味で、大薗さまからご相談いただいたことは弊社にとっても幸いでした。その結果として、MI×秘密計算の「EAGLYS ALCHEMISTA」の開発が進み、PoC(概念実証)プロジェクトにご参加いただいたことになるのですが、PoCに至った経緯、PoCの前に期待していたことと、それに対して結果がどうだったのかということもお話しいただけますか。

大薗

当初は、費用対効果をどこまで出せるのかという懸念もあって、いったんトーンダウンした時期もあったのですが、2022年の終わり頃でしたか、「ツールができました」と言って、実際に持って来ていただきましたよね。開発の速さにも驚きましたが、デモを拝見すると、想定した機能がほぼ実現していましたので、「ぜひ実際のデータでやらせてください」と、すぐにPoC実施を決めました。即決だったと記憶しています。
PoCに当たっては、材料メーカーと材料ユーザーの両者のデータを秘匿した状態で、生データとほぼ同じ予測性能を持つ物性予測モデルが構築できるのか、という点を中心に検討しました。現実的な時間の中で予測モデルが構築でき、妥当な結果が返ってくることが確認できましたし、秘密情報を保ったまま逆解析による最適化計算まで実行できることもわかりましたので、PoCでは事前に想定した通りの結果を得ることができたと思います。

阿須間

大薗さまに最初にデモをお見せしたときのことを思い出しました。私たちも開発中には、これは化学産業に共通のニーズなのだろうかとか、これをソフトウェアとして製品化すれば化学業界のお役に立てるのだろうかとか、秘密計算のエンジンやユーザーインターフェース開発のエンジニアらと議論しながらなんとかかたちにしたのが最初のプロトタイプだったんです。それを、どういう温度感で大薗さまがご覧くださるのか、少し心配もあったのですが、すぐに「やりたい」とお答えいただいて、とてもポジティブな感想をいただけたことに、とても感激したことを思いまします。

大薗

あの時は、弊室の管掌役員と一緒に見せていただきましたが、「ほらほらっ、すごいの来たよ!」っていう感じでしたね(笑い)。管掌役員も「これはおもしろい」と言っていまして、社内承認の手続きも、即OKとなりました。MIの担当者も、研究のトップも心をつかまれた感じで、そういう高揚感はいまも社内に続いていますね。

阿須間

確かに、決断までのスピードは本当に早かったですね。「いまやらなかたったら、EAGLYSさんは他社とこれをやってしまうんだから」とも言っていただけて、御社の本気度をひしひしと感じました。私たちとしては、MIも化学もあまり知識がない状態だったので、大塚化学さんが持っていらっしゃったアイデアをベースにしながら開発していきました。迷いもありましたが、大塚化学さまとお話しする中で、解決すべき課題が何かはクリアになっていきましたので、ご評価いただける段階までシステムを仕上げられたと思っています。 一方で、PoCを進めていく中で、事前には見えていなかった問題などは出てきませんでしたでしょうか。

対談風景

秘密情報を守りつつ「すり合わせ」
研究員のスキルを最大化

大薗

研究員に実際にデモを見せたりしていく中で、多かったのは「これを使えば研究員が入り込む余地がなくなるんじゃないか」という指摘でした。コンセプトはわかるし、やれたらすごいけど、データがすべて秘匿化されることで、お客さまからのフィードバックが得られなくなってしまうのではないかという懸念です。それは研究員にとって致命的なことであり、お客さまとの間の知的生産活動、すなわち新たな知的発見や仮説創出の機会を奪ってしまうことにもなりかねません。この点がクリアされないと、心理的に受け入れることは難しいという意見でした。
実際に使うのは研究員ですので、研究員の視点でシステムをつくり上げていかなければならないと痛感しました。ここは、EAGLYSさんともかなり深く議論させていただきました。逆解析で答えが効率よく出てくるのは理想ですが、答えに行きつくプロセスも大事にしたいということなんです。それが研究員の思いです。今回、この課題に対し迅速に対応していただいて、お客さまとの間で秘密情報を守りつつ、各説明変数の影響度の可視化や順解析による各説明変数の変動が物性予測値に与える影響をシミュレーションすることができる機能を追加していただきました。これにより、お客さまサイドの研究員との議論を促進することも可能になりましたから、社内の研究員たちも「これなら使う価値がある」という意見に変わりました。PoCの過程で出てきた課題をうまく解決できたと思っています。

阿須間

このことは、弊社にとってもすごく有益なフィードバックをいただいたと思っています。とくに、社内の技術陣の中には、人が介在せず速やかに答えが得られるのが望ましいという「自動化優先」の意識があって、そういうことを追い求めがちだったのですが、今回のPoCでお客さまの現場から懸念の声があがって、はっきり気づかされました。本当に実用的なものとするためには、技術的にできることを追求するだけでなく、実際に使用される現場のお客さまの見方を大切にしなければならないということなんですね。それには非常に感謝しています。

大薗

それも一種の「すり合わせ」ですよね。素材開発の現場では、お客さまが秘密ではっきり言えないことを察して、お客さまの言葉を解釈して材料設計に反映させたりします。それが研究員の仕事なので、そういう過程を奪われてしまうという恐れがあると、単純に拒否反応が起きるということです。人間の存在価値の問題ですね。その意味では、MIに限らず人工知能(AI)と人とのかかわりについてですが、わたしは人の創造性を解放するイメージを持っています。今回の秘密計算も、研究員のスキルを最大化するためにはどういうツールであるべきかという視点を重視したいと思っていました。

阿須間

本当にそうですね。AIに仕事を奪われるんじゃないかと恐れるより、AIといかに共存するか、人の仕事をいかにアップグレードさせるかを考えていく方が正しいですし、実現性があると思います。実際、人間がいらなくなるようなAIをつくることはまだ難しいですから、人間の助けとなるような使い方を目指す方が現実的だと思います。

大薗

そうですね。実際、私たちも今回、PoCを通して、双方の要望や意見をすり合わせることによって、「ALCHEMISTA」というMIシステムが出来あがっていったと思うのですが、日本型の素材開発もこういう「すり合わせ開発」のスタイルなんです。ただ、それだけでは将来、限界が来たかもしれません。「ALCHEMISTA」によって、これをデータ解析を融合したものに発展させることができました。このことによって、日本の素材産業の強みである「すり合わせ開発」を高度化することに貢献できるのではないかと期待しています。

業間データ連携推進
ハブとしての役割期待

阿須間

ありがとうございます。それでは今後についてですが、大塚化学さまは企業間データ連携を通して「すり合わせ開発」をレベルアップしていこうとされておられます。具体的に、企業間でデータを連携させたMIに対して、今後どのように取り組んでいかれますか。

大薗

そうですね。まだ社会にも事例がない状態ですので、どう考えていくかは難しい問題です。ただ、明らかに言えることは、自社内におけるデータ解析、データを活用する開発方法は、新たな材料の探索や既存製品の競争力強化に間違いなく有効であるということです。
問題は、データ活用の効果をどうすれば最大化できるかということで、サプライチェーンに横串を通してデータをつなげ、お客さまとデータ連携することで、お客さまが本当に欲しい素材をきちんと定義したうえで開発を進めることが必要です。つまり、データ活用の価値を飛躍的に向上させるためにはデータ連携は必須ですし、そのことを実証できるという確信もあります。
しかし、いきなりフルオープンでデータ連携することはできませんから、「秘密計算×MI」というのは必ず必要になるツールだといえます。一方で、社内でも議論になるところですが、いままでの研究開発のやり方をガラッと変えてしまうことは、メリットはわかるけれども、デメリットというか思わぬ障壁がどこかに出てくるかもしれないということですね。これは想定すること自体が難しいですので、私たちデータサイエンスのチームだけでなく、研究所や事業部とともに議論を重ねながらも、スピード感を落とさずにアジャイルにやっていきたいと思っています。実証テーマをしっかり定めて、本当に役に立つのかといったところを事例として積み上げていきます。まあ、失敗もあると思いますが、失敗からもしっかり学んで、「ALCHEMISTA」の最適な活用方法を探っていきたいと思っています。
今後は、お客さまとの間で具体的に共創を図っていくステージに入っていきますので、この技術に興味・関心を持ち、データ連携をしてみたいと思ってくださるパートナーさまと一緒になって進めていきたいと思います。積極的に意見交換しながら、企業間データ連携が確実に双方の事業貢献につながるかどうか、検証していきたいです。そして、企業間データ連携によって社会課題を解決できる素材開発を達成したいですね。

秘密計算で複数社データを利用して
AIモデルを自動生成

秘密計算で複数社データを利用してAIモデルを自動生成

阿須間

ありがとうございました。今回、私たちも開発を進めながら、広くご意見を聞く機会も持ったのですが、MIに関心を持たれる企業の皆さまは企業間データ連携が必要という点ではご意見が一致していました。ただ、自分たちが率先して取り組むことには二の足を踏んでおられるという感じでした。その意味で、大塚化学さまがどのように突破口を開かれるのか、注目を浴びていると思います。最後に、大塚化学さまから私たちに対する期待、要望などはございますでしょうか。

大薗

そうですね。ハブとしての役割でしょうか。やはり、1社でやれることには限界がありますから、「共創の場」が重要になってくると思います。複数の企業が一緒になってやっていくときに、それをつなぐハブとしての役割を担ってくれる存在が非常に重要だと感じています。当事者同士で議論すると利害が対立しがちですので、中立の会社さんが中に入って交通整理していただけるとありがたいですよね。秘密計算という技術を使って企業間をいかにつなぐか、また人と人とを結び付ける役割を、EAGLYSさんに期待したいです。

阿須間

弊社には、「世の中に眠るデータをつなぐハブとなり、 集合知で社会をアップデートする」というビジョンがありますので、まさにぴったりです。私たちのビジョンの実現という意味でも、この取り組みは一緒にやらせていただきたいと思います。今日は長時間、本当にありがとうございました。

EAGLYS
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