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  • 創立85周年記念特集 第1部 mRNA医薬の幕開け 新型コロナ機に急拡大
  • 2021年10月11日
     新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)は、「メッセンジャーRNA(mRNA)医薬・ワクチン」という新しいモダリティ(治療手段)を実現させた。ウイルスが流行し始めてからわずか1年で、世界初のmRNAワクチンが実用化された。従来は10年かかるとされてきた感染症ワクチンが過去最速で開発に成功した背景には、mRNAワクチン開発の「立役者」でノーベル賞の有力候補としても注目されているカタリン・カリコ氏や日本人研究者らによる研究開発の歴史がある。

     mRNAはDNAからコピーした遺伝情報の運び屋。たんぱく質を作るための「設計図」(遺伝情報)を工場(リボソームRNA)まで持ち出し、転移RNAが運んできたアミノ酸を使ってたんぱく質が作られる。この仕組みを利用して、人工的に作ったmRNAを投与するのがmRNA医薬・ワクチンだ。

     コロナワクチンの場合、コロナウイルスの目印となる「スパイクたんぱく質」を作り出すためのmRNAを接種する。ウイルス株そのものがなくても、ウイルスのゲノム情報さえ分かれば数週間でワクチン製剤を設計できる。コロナに限らず、今後さまざまな感染症ワクチンにパラダイムシフトを起こすモダリティとして期待が高まっている。

     <カリコ氏らが突破口>

     元々mRNA自体が非常に壊れやすい物質なうえ、人工的なmRNAは体の中に入ると異物として排除されてしまうため、医薬品にするのは難しいと考えられてきた。この壁を突破できたのは、日本もかかわる複数のブレークスルーが生まれたからだ。







     1つ目はmRNAを構成する「ウリジン」という物質を「シュードウリジン」に置き換えると、mRNAが異物として排除されず、目的のたんぱく質が作られること。ハンガリー出身の科学者、カタリン・カリコ博士らが発見した。このシュードウリジンなどを医薬向けに大量生産できるのは世界でも一握りの企業で、この1社がヤマサ醤油だ。

     2つ目は、mRNAの末端にある「キャップ構造」を人工的に付ける方法が確立されたこと。キャップはmRNAが体内で分解されないために重要な役割を持っている。新潟薬科大学の古市泰宏客員教授が1970年代に発見した。人工mRNAにキャップ構造を付加するのは難しいとされたが、現在は100%の精度で作れるようになった。

     3つ目は、壊れやすいmRNAを細胞まで届けるための薬物送達技術(DDS)が進展したこと。開発中のmRNA医薬の多くは、脂質ナノ粒子(LNP)という油成分のカプセルにmRNAを封入して原薬が作られている。LNP以外のDDSも研究され、昨年以降に特許出願が急増している領域でもある。

     <新薬開発が本格化>

     こうした基礎研究の進展とともに、この10年ほどでmRNA医薬・ワクチンの開発が本格化した。コロナワクチンで一躍有名になった独ビオンテック、米モデルナ、独キュアバックなどはmRNAに特化した創薬ベンチャーで、長年の研究実績があったからこそコロナワクチンのスピード開発が可能だった。前述のカリコ氏は現在、ビオンテックの上級副社長も務める。日本でもナノキャリアなどのベンチャーが先行しているが、大手製薬では第一三共も独自のLNP技術を応用したmRNAワクチン開発に乗り出している。mRNA医薬品の世界市場は2021年に94億ドル、26年に155億ドルに拡大するとも予測されている。

     <供給・製造網も拡大>

     サプライヤーとして事業参入する企業も増えている。とくに高い製造ノウハウや技術が必要とされるのが、鋳型DNAからmRNAに転写して原薬にする工程だ。使われる核酸物質や合成酵素はスイス・ロシュ、米サーモフィッシャー、ヤマサ醤油、東洋紡、中国企業などが供給している。これを使ってCMOとして原薬を受託製造しているのがスイス・ロンザ、独メルク、カネカなど。コロナワクチンの製剤化を受託している韓国サムスンや、プラスミドDNAの製造までだったAGCも今後、原薬段階の受託サービスにも参入する予定。味の素も、強みの発酵技術を応用したmRNAの量産技術開発に取り組んでいる。
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