•  <レゾナック始動/上>

     昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が2023年1月1日付で経営統合し、新会社「レゾナック」として始動した。世界トップクラスの半導体材料メーカーというポジションを最大限に生かし、業績と企業価値の向上を目指すのが、成長戦略の大きな柱だ。約9600億円を投じた昭和電工による日立化成買収を経て誕生した新生レゾナック。第2の創業に挑む同社がどのような進路をたどるかに注目が集まる。

     <中長期成長を見越し投資>

     「レゾナックという社名を聞けば半導体材料とすぐに思い浮かぶ会社にしたい」。髙橋秀仁社長は新生レゾナックが目指すイメージをこう語る。23年1月からは旧両社の全事業を引き継いだ事業会社のレゾナックが、持ち株会社レゾナック・ホールディングス(HD)の傘下に入る経営体制となった。そのレゾナックが成長戦略の軸に据えるのが半導体材料だ。

     半導体の製造工程は、シリコンウエハーに微細な回路を形成する「前工程」と、ウエハーから切り出したチップを実装する「後工程」からなる。レゾナックは前工程と後工程に使う材料を幅広く手がけ、各カテゴリーで市場シェアの高い製品を数多く持つ。前工程材料ではエッチングや成膜、洗浄などに使う高純度ガス、表面研磨剤「CMPスラリー」など、後工程材料では半導体パッケージ基板材料「銅張積層板」、基板の回路形成に使う感光性フィルムなどだ。

     半導体材料事業の21年12月期売上高は2665億円。上位5社のうち4社をシリコンウエハーメーカーが占める半導体材料市場のなかで3位。後工程材料(同1853億円)に限れば2位以下を大きく引き離す首位だ。

     半導体市場は「シリコンサイクル」といわれるように景気の山と谷が大きく、足元もパソコンやスマートフォンの巣ごもり需要一巡などにともなって、データを記憶するメモリーを中心に調整局面の最中にある。だが、髙橋社長は「(膨大なデータを経済活動に生かす)データエコノミーはこれからますます発展すると信じており、そこに直結する半導体材料事業は拡大し続ける」と言い切る。

     その言葉が示すように、同社は中長期の成長を見越して投資のアクセルを踏み込んでいる。22年はCMPスラリーと銅張積層板の設備増強に総額300億円を投じることを決め、韓国で高純度ガスの貯蔵能力を引き上げた。26年までの5年間で半導体・電子材料の設備投資に2500億円超を充てる計画で、今後も稼いだお金を半導体材料の成長投資に惜しみなく振り向ける構えだ。

     「半導体はシクリカル(景気循環)性が高いが、トレンドは間違いなく右肩上がり。右肩上がりのトレンドが続く局面での事業は、次のサイクルの山を見据えて投資を仕込むことが大事になる。需要のサイクルが下降局面だからといって投資のブレーキを踏めば、次の山で供給できなくなる」。髙橋社長は積極投資に動く理由をこう説明する。

     <SiCエピウエハー期待> 

     同社の半導体材料ではうれしい誤算もある。次世代パワー半導体の基板材料となるSiC(炭化ケイ素)エピタキシャルウエハーがそれだ。

     電力の変換や制御に使うパワー半導体のなかでもウエハーにSiCを使う製品は、従来のシリコン製に比べて変換時などの電力ロスが大幅に減らせる利点がある。電気自動車(EV)の航続距離延伸などにつながる「グリーン半導体」の一つとして注目され、市場が急速に立ち上がりつつある。SiCパワー半導体の市場規模は、26年に21年比約3倍の1621億円に達するとの予測もある。

     SiCエピウエハーはSiCウエハー上にSiCの薄膜を積層した高性能品で、レゾナックは品質などを強みに世界シェア約25%を握る外販最大手。「(パワー半導体の世界を変える)ゲームチェンジャー」(髙橋社長)と期待を寄せるSiCエピウエハーは海外投資家などからの注目度も高い。

     だが、急速な追い風を捉えるには財務バランスに配慮しつつ、多額の設備投資によって生産能力を確保する必要がある。髙橋社長は「(SiCエピウエハーは)別建ての予算が必要だが、成長投資はきちんと行う」と話す。染宮秀樹最高財務責任者(CFO)も「われわれの技術に基づく生産能力をつくる手法について、いろいろな選択肢を考えている」と言葉を継ぐ。

     <「異種接合技術」で革新へ>

     レゾナックが半導体材料の成長に揺るがぬ自信を示す理由の一つに、半導体の高性能化や低コスト化に向けて後工程のパッケージ技術の重要性が高まっていることがある。

     これまで半導体の進化を牽引してきたのが微細化技術だ。最先端の半導体は「3ナノ品」と呼ぶ世代に突入し、さらにその先の「2ナノ品」や「ビヨンド2ナノ品」に向けた技術開発も世界の半導体大手がしのぎを削る。だが、回路の線幅が物理的限界に近づきつつあるなかで製造技術のハードルが上がり、開発や設備投資に多額の費用がかかるといった課題に直面する。

     こうしたなかで、「ムーアの法則」の限界を破る技術として注目されるのが「ヘテロジニアス・インテグレーション(異種統合)」と呼ぶ後工程のパッケージング技術だ。複数の異なる機能の半導体チップを同じパッケージに収めることで、あたかも一つの大規模チップのように機能させる手法だ。

     異種接合技術ではプロセッサー(演算処理装置)やメモリーを隣同士や重ねて高密度に実装し、半導体チップとパッケージ基板の間に挟んだインターポーザー(中継基板)を経由して信号をやりとりする。これにより信号の伝送距離が短くなり、性能向上につながる。一つの半導体チップの集積度を高めるのではなく、それぞれの半導体チップを適切な世代の線幅、大きさで作るため、低コスト化も図れる。

     一方で、パッケージ技術としては難易度が格段に上がる。パッケージ基板が大型になり、構造も複雑で高密度化するためだ。これにより、配線や電極接続の微細化が求められ、数多くの半導体チップを一つのパッケージ内に収めるため発熱や基板の反りなどへの対策も必要になる。

     だが裏を返せば、半導体材料として課題解決に貢献できる余地が大きいことを意味する。「先端半導体パッケージの世界で技術進化のロードマップをリードする形に持って行きたい」。染宮CFOはパッケージ技術の進化が半導体材料メーカーとしての存在感を高める絶好の機会とみる。

     <パッケージ技術でコンソ>

     それを実現するための活動が、次世代半導体パッケージ技術の確立を目指すコンソーシアム「JOINT(ジョイント)2」だ。

     レゾナックが幹事会社となって、東京応化工業や味の素ファインテクノ、ディスコ、新光電気工業など、日本を代表する半導体の材料、装置、基板メーカー12社が参画する。レゾナックの半導体材料開発・評価拠点「パッケージングソリューションセンタ(PSC)」(川崎市)内で「2・5D(次元)実装」といった異種接合の要素技術を開発する。26年の最終目標では、3ナノ品以降の量産に必要とされる技術水準の確立を目指している。

     レゾナックという社名は、英語で「共鳴する」「響き渡る」などを意味する「RESONATE」と、化学を表す「CHEMISTRY」の頭文字「C」を組み合わせた造語で、新会社の目指す姿「共創型化学会社」を社名に表したものだ。髙橋社長は「あたかも同じ会社のように協力するジョイント2のような活動は『共創型』の一つの理想形」と話す。半導体後工程材料の世界最大手という存在感が、ジョイント2のような活動で仲間を引き寄せる力となっている。

     半導体材料の強化には、総合化学企業としての規模が生かせる場面もあるという。その一つが、約70人のデータサイエンティストが在籍する計算科学・情報センターだ。社内に多様な事業を持つからこそ、これだけのデジタル専門人材を抱えられる。その人材基盤を生かして、シミュレーションや機械学習などの手法を駆使することで材料開発を効率化する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」を半導体材料の開発にも積極活用していく。

     「川中から川下までバリューチェーンを長く持つことで『作る化学』と『混ぜる化学』のコンビネーションがより発揮しやすくなった」。真岡朋光最高戦略責任者(CSO)は旧両社の技術的なシナジーに目を向ける。

     旧昭和電工は素材技術(作る化学)、旧昭和電工マテリアルズは最終製品に仕上げる技術(混ぜる化学)を得意とする。両社の統合によって、半導体材料事業などを通じて吸い上げた「顧客の声」を原料や素材に遡って開発できるようになり、横に長いバリューチェーンのなかで互いの技術をどこですり合わせるかといった戦略の幅も広がった。

     「シナジーの民主化」を図る道具立てとして導入準備を進めるのが「ディメンジョンマッピング」だ。両社が持つ製品、技術の相関図が可視化できるツールで、社員であれば誰もが閲覧できる。これを活用することで社内のコミュニケーションが活性化し、シナジーを生み出す活動が草の根的に広がることに期待する。

     <地政学リスクへの対応も>

     一方、半導体材料を巡っては、米中対立の先鋭化、各国・地域の経済安全保障政策の変化といった地政学リスクにさらされる局面が増えた。半導体材料を成長事業と位置づけるレゾナックも無縁ではいられない。

     「意識的に強化している」と真岡CSOが話すのが、国内外の情報を収集・分析し、経営判断に役立てる「インテリジェンス機能」だ。米中対立下で米政権が発動する政策のインパクト、これに対する日本側の反応、長期政権に入った中国の動向--。動的に変化する状況への対応の巧拙が半導体材料の成長を左右する可能性もあり、「シナリオプランニング」などのリスク管理手法を導入し、不確実性への備えを強める。

     レゾナックは経営目標として、25年12月期に売上高1兆円を維持しつつ、EBITDAマージン(売上高に占める利払い・税引き・償却前利益の比率)20%以上を掲げる。半導体・電子材料事業は売上高の年平均成長率10%超を維持し、30年12月期に21年12月期比2・4倍の8500億円以上を目指す計画だ。半導体材料が成長する姿を見せ続けることが、新生レゾナックのブランドイメージを強く印象付けることにつながる。
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