• テキサス州テイラーではサムスン電子の先端半導体工場の建設が進んでいる
      テキサス州テイラーではサムスン電子の先端半導体工場の建設が進んでいる
     <超大国アメリカ その肖像/上>

     <国内サプライチェーン構築急ぐ>

     米国では今、半導体や電気自動車(EV)・蓄電池などの分野で巨額投資が続々と進行している。米政府が気候変動や経済・エネルギー安全保障対策に大型補助金や税制優遇措置を盛り込み、国内外の企業を呼び込んでいるためだ。米中対立やロシアによるウクライナ侵攻といった地政学リスクの高まりを受けて、国内でのサプライチェーン(供給網)構築を急ぐ姿は、「新冷戦」時代への備えにも映る。揺れ動く米国の今を追った。

     「新たな街が一から作られるようだ」。米中西部テキサス州の中央部に位置する人口約14万人のテイラー。この小都市で現在、韓国サムスン電子が2024年後半の稼働を予定する半導体工場の建設が着々と進む。170億ドル(2・3兆円)を投じる大規模プロジェクトで、5ナノメートル以下の先端半導体のファウンドリー(受託生産)の工場を建てる計画。地面に立ったままでは、工事全体を見渡すことができない。

     「米国の供給網が米国から始まるように尽力している」。バイデン大統領が2月の一般教書演説で、超党派で昨年成立させた半導体補助金法(CHIPS・科学法)に触れたくだりだ。

     半導体補助金法は半導体工場の誘致や研究開発に5年で総額527億ドル(約7兆円)を投じる内容だ。これが呼び水となり、米インテル、マイクロン・テクノロジー、テキサス・インスツルメンツ(TI)、IBM、台湾積体電路製造(TSMC)といった世界の名だたる半導体関連企業が投資計画を相次ぎ公表。サムスンのテイラー工場の投資も、この文脈に当てはまる。国の補助金に加え、州政府からの手厚い優遇措置が受けられることも、民間投資が加速している背景にある。

     米半導体産業協会(SIA)の試算では、半導体関連の米国内での投資計画は昨年末時点で約2000億ドルに上るという。半導体材料の現地需要の高まりを受けて、住友化学や富士フイルム、JX金属などの日系企業も工場の新増設を進める。

     一方で、半導体補助金法には、米政府から補助金を受け取る企業は10年間にわたって、中国での先端半導体への投資を禁じる「ガードレール」条項が設けられている。ある日系半導体材料メーカーの幹部は「米中対立が自社のビジネスに与える影響を慎重に見極めたうえで投資を判断する必要がある」と話す。同法が対中ビジネスに萎縮効果を与えるとの声も挙がる。

     <インフレ抑制法の影響大きく>

     米国内でのサプライチェーン構築は半導体に限らず、EVや蓄電池などにも広がる。

     22年に成立したインフレ抑制法はエネルギー安全保障や気候変動対策として3910億ドルを盛り込んだ。EVの場合、新車購入者は最大7500ドルの税控除が受けられる。対象車種は北米での最終組み立てや、電池材料・部材の一定割合を米国か、米国と自由貿易協定(FTA)を結ぶ国から調達するといった条件が課される。これが、北米でEV・電池関連の投資が活発な背景にある。

     米テスラが今年に入り、西部ネバダ州のギガファクトリー(巨大蓄電池工場)への36億ドルの追加投資や、メキシコ北部ヌエボレオン州でのEV工場の建設計画を公表。トヨタ自動車は米国と日本で電池の増産に最大56億ドルを投じる計画だ。

     電池メーカーも、パナソニックホールディングス(HD)が米中西部カンザス州で同国2拠点目となる車載電池工場を新設する。LGエナジーソリューションやSKオン、サムスンSDIの韓国電池3社も米国投資を進める。電池工場の集積が進むなか、旭化成は同国初の湿式セパレーター(絶縁膜)の工場進出を検討中。東洋インキSCHDも米中で電池用導電助剤の生産能力を増強する。

     一方で、米中対立のあおりを受けるのが中国勢だ。車載電池の世界最大手、寧徳時代新能源科技(CATL)は北米で電池工場の建設を計画するも、インフレ抑制法などの要件がネックとなり、米フォード・モーターが中西部ミシガン州に建てる電池工場に技術支援する形となった。両社の提携を中国当局が調査中との報道もあり、火種はいぜん残っているようだ。

     「気候変動の危機に取り組むための史上最大の投資」。バイデン大統領が一般教書演説で述べたように、インフレ抑制法は次世代エネルギー技術などへの優遇措置も盛り込まれている。

     同法が成立した昨年8月以降、米国ではクリーンエネルギー関連投資プロジェクトの発表が相次ぐ。2月下旬まで半年余りの間に50案件近くのエネルギー関連投資プロジェクトが発表され、加速している。二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)を絡めたアンモニア、グリーン水素、SAF(持続可能な航空燃料)などを供給するプロジェクトが林立する。

     <日系は低炭素アンモニア開発>

     日系企業の中では商社による低炭素アンモニアの開発が目立つ。三菱商事は低炭素燃料アンモニア供給を新規次世代エネルギープロジェクト開発の最重要案件に位置付け、テキサス州のエネルギー輸出拠点であるコーパス・クリスティ港の港湾当局との間で、CCSをともなった低炭素アンモニア製造・出荷拠点建設のための用地使用などに関する覚書(MOU)を結んだ。30年代までの生産開始を目指すほか、需要増に連動した拡張も見据える大型プロジェクトとする。

     三井物産もアンモニア製造世界最大手の米CFインダストリーズとの共同出資でルイジアナ州に世界最大規模となる年100万~120万トン規模のブルーアンモニアプラントを設立するプロジェクトを構想。27年の稼働を目指し、今年半ばをめどに最終投資決定ができるように検討を進めている。米国は巨額な補助金といった磁場でプロジェクトを引き寄せ、脱炭素関連でも急速に存在感を高めている。
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