6月に上海で開催されたCPhI中国には、過去最多10万人が訪れた
<中国CDMO業界に地殻変動/上>
【上海=中村幸岳】中国の医薬品CDMO業界に地殻変動が生じている。引き金となったのは、米国連邦議会が成立を目指す「バイオセキュア法」だ。法案は、2032年までに政府機関や製薬企業と特定の中国バイオ企業との取引を禁じる内容。バイオ医薬品CDMOビジネスは3分の2が中国に集中するとされ、コスト面を含め新薬開発への影響は避けられない。「懸念企業」に挙げられた中国CDMO最大手・無錫薬明康徳(ウーシーアップテック)への発注を減らす動きが早くもみられるなか、中国企業は海外進出を急加速。「走出去」で影響回避を図っている。
6月に上海で開催された医薬品開発の総合展示会・CPhI中国。来場者は前年比4割増の延べ約10万人(主催者発表)と過去最多だったが、取材した多くのCDMO企業がバイオセキュア法の影響に懸念を示した。
今年5月、米議会に提出された同法の修正法案には、取引制限対象の「懸念企業」として薬明康徳、その子会社・薬明生物(ウーシーバイオ)、ゲノム解析などを手がけるBGI(華大基因、旧北京ゲノミクス研究所)、MGI(華大智造)、MGI傘下・コンプリートゲノミクスの5社が明記され、取引停止のデッドラインも新たに盛り込まれた。
CPhIに出展したCDMO大手によると、同社の4-6月期収益が改善傾向にあるのは、欧米製薬企業がバイオセキュア法案で懸念企業としてリストアップされた薬明康徳への発注を避け、他社に振り替えていることも理由の一つという。同法成立は早くて25年とみられるが、影響はすでに中国市場に及んでいる。
薬明康徳の23年売上高は403億元(約8800億円)。CDMO業界で世界五指に入り、中国では他を圧倒する巨人だ(表参照)。
薬明康徳の経営報告書によると、昨年売上高に占める米国ビジネスの比率は実に65%に達する。同社は声明を発表して懸念払拭に努めており、米製薬業界からの異論も強いため法案は再修正される可能性もあるが、成立時の影響は甚大とみられる。理由は不明だが薬明康徳は今回CPhIにも出展しなかった。
<業務の6割中国に>
2010年前後から、世界のCDMOビジネスは中国に急速に移管された。コストや労働力確保で米国に比べ圧倒的な優位性を持つことが理由。仮に中国にバイオ医薬品のCRDMO業務が委託できなくなれば「製薬コストは2倍以上に膨らむ」というのが中国市場関係者の見立てだ。薬価も必然的に上昇する。
中国各社はコロナ下での好業績も背景に、メガファーマなどの要請を受けバイオ医薬品関連投資を拡大。CGT(細胞・遺伝子治療)やADC(抗体-薬物複合体)、GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)に関するCRDMOニーズに対応できる高い技術を備えるようになった。
米大手市場調査会社フロスト&サリバンによると、バイオ医薬品CDMOのグローバル市場規模は22年現在約300億ドル(4兆7000億円)。30年には3倍超の1000億ドルに急拡大すると予測する。
米国の業界団体であるバイオ技術革新機構(BIO)の調査によると、主要バイオ医薬品研究・開発企業の8割が中国企業と取引関係がある。またバイオ医薬品のAPI(原薬)や中間体の合成能力は欧米に偏在しているものの、実際のCDMO業務の3分の2は中国に集中しているとの見方もある。
<競争激化で淘汰も>
薬明康徳のライバル企業にとって受注増加は好ましい状況ともいえる。しかし、取材に答えた別の大手企業は「われわれも中国企業である以上、人ごとではない。(バイオセキュア法の影響で)グローバルバイオCDMO業務に中国が占める比率は全体の3分の1程度に減少する可能性がある」と警戒感をあらわにする。
中国のCDMO業界も昨年、ポストコロナの受注獲得に苦しんだ。景気停滞でリスクマネーが戻り切らず、コロナ期に大規模投資を実施したことや過当競争も響いて一部企業は業績が悪化した。
淘汰も進みつつある。ある新興CDMO企業は、山東省で近く稼働するAPI工場の運営権を手放した。同社によると不景気で業務発注が大手に集約され、中堅や新興企業は大手の再発注で糊口をしのぐ状況という。上場企業の業績をみても、規模が大きい程安定していることが見て取れる。
バイオセキュア法の成立でさらなる苦境に追い込まれることを避けるため、中国CDMO企業に残された選択肢が海外進出だ。各社はM&Aも交え、欧米拠点の新設・拡充を相次いで打ち出している。