<PFASと報道 有識者に聞く>
<元国立医薬品食品衛生研究所・安全情報部長 畝山智香子氏>
昨今、有機フッ素化合物(PFAS)がさまざまな場所から検出されている。こうした中、化学工場で働いていた人から検出されたPFASの一種ペルフルオロオクタン酸(PFOA)が疾病の原因ではないかと訴える市民団体もある。ただ、PFOAは残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)ですでに製造・輸入が禁止されていること、PFASは1万種以上もあることなどが一般の人たちに十分に伝わっているとは言えない。われわれはPFASを巡る情報とどのように向き合い、伝えていくべきか。元国立医薬品食品衛生研究所の畝山智香子氏に話を聞いた。
▼…市民団体「大阪PFAS汚染と健康を考える会」がPFOAを扱っていたダイキン工業・淀川製作所(大阪府摂津市)で働く人の中に間質性疾患の所見や兆候が見つかったとする京都大学などの研究チームの論文を紹介し、PFOAが原因の可能性があると発表したことが報じられました。
「元となった論文の内容と報道された内容があまりにも違っている。元の論文に当たらずに、会見者が解釈した言い分を鵜呑みにし、危険だと報道するのはいかがなものか。元の論文はPFOAが検出された人がいて、その中に間質性肺炎の所見や兆候のある人がいたという結果を示した症例報告に近い。それが間質性肺炎の原因とする主張はおかしい。血中濃度にも触れているが、過去の暴露か最近の暴露かが不明な断片的な測定値となっている。生涯全体の総暴露量(ACU)が一番知りたいところだ」
「少なくとも過去に多くのPFASが使われ、今よりたくさん暴露された人がいたはずだ。ただ、これまでに明確な影響がみられていないという事実以上に確実な情報はない。圧倒的に高濃度のPFASが使われていた時代の根拠を踏まえると、それ以上の影響が出ることはないと推察する」
「これまで測定していなかった場所を測定すれば、使用が禁止されたPFASが検出されることは今後もあるだろう。それは過去に使用された事実が顕在化したにすぎない。だが、過熱気味に報道されることで『PFASが増えている』という情報のミスリードにつながりかねない」
▼…欧州での一括制限案を機として世界でPFAS規制の議論が活発ですが、規制された場合の影響をどうみますか。
「PFASを使わずにすむのであれば使わなくなるかもしれないが、本当に必要な用途ではPFASはなくならないだろう。フランス在住の知人が『紙コップの内側に塗って耐水性を高めるコーティング剤が使われなくなった結果、コーヒーの味がまずくなった』とこぼしていた。味にうるさい日本人はなおさら嫌がるだろう。紙ストローがなかなか普及しなかったように、いずれ揺り戻しが来るのではないか。一般の人もPFASの規制を巡る議論に対してもう少し冷静になってほしい」
▼…PFAS規制に企業はどのように対応すべきでしょうか。
「企業側もしっかりとしたデータを持っておくべきだ。PFASの血中濃度は経時的に低下しており、水の中のPFASの濃度も毎年測るたびに下がっている。これらのデータがあることはしっかり示した方が良い。濃度が下がっているのに健康被害がある場合は別の原因が疑われる」
▼…報道でのPFASに関する学術論文の扱い方はいかがですか。
「学術論文はあくまでも研究者が主張したたたき台にすぎず、1本の論文で結論が出ることはない。たくさんの論文を第三者が評価し『ここが足りない』『これはもっとデータが必要』などのやり取りを経て科学は進歩する。だからこそ評価するのであり、論文と評価書の価値の違いは明確にしてほしい。色々と発表される論文について、伝えるべき価値があるか判断するのは報道だ」(聞き手=山下裕之、濱田一智、随時掲載)
※連載「PFASと報道 有識者に聞く」ではPFAS問題を巡る報道のあり方や、一般の人たちにどのような情報を伝えていくべきかなどについて有識者に意見を聞き、数回にわたり掲載します。