<PFASと報道 有識者に聞く>

     PFASをめぐる報道にはさまざまな数字が躍る-。米国の疫学者で衛生工学者のW・セジウィックは「基準とは、考えることを遠ざける道具」という警句を残したが、われわれは基準値とどう付き合うべきか。リスク学や衛生工学を専門とする大阪大学の村上道夫教授に聞いた。

    ◆…6月に『世界は基準値でできている』(講談社)を出版されました。PFASにも1章を割いています。

     「食品、放射線、化学物質など、あらゆる分野に基準値が存在する。ところが基準値がどのように決まるのか、その値を超えるとどうなるか、正確に理解している人間は多くない。PFASでも『基準値の○○倍の量が検出された』といった報道をしばしば目にするが、『○○倍』という数字だけでは、ほとんど何もわからない」

    ◆…一般の人は「基準値を超えれば危険」と考えるのでは。

     「日本は水道中のPFASに関して『PFOSとPFOAの合算で1リットル当たり50ナノグラム』という基準値(現在は遵守義務を欠く『水質管理目標設定項目』で、2026年に義務のある『水道水質基準』へ格上げ予定)を設定した。しかし、仮にこの3倍のPFOS濃度の水道水を飲んだとしても、ヒトのNOAEL(毒性が観察されない量)までには85倍のマージンがある。細かい計算は割愛するが、50ナノグラムに設定した時点で安全係数という余裕を持たせているからだ。もちろん超過した水を飲み続けてよいわけではないが、少なくとも『○○倍』に一喜一憂することは妥当でない」

    ◆…「米国などに比べて日本の基準値は緩い」とも批判されます。

     「米国の環境保護庁(EPA)は22年、水道水中のPFOSで『1リットル当たり0・02ナノグラム』、PFOAで『1リットル当たり0・004ナノグラム』という驚異的に低い基準値を提案した。根拠はジフテリアのワクチン抗体価が5%減少したこと。発がん性や脂質異常といった項目と比べ、最も低いPFOS・PFOA濃度で影響が出た項目が、抗体価減少だったという」

     「だが元になった研究は、鯨食文化が根付いたデンマーク・フェロー諸島の住民が対象で、鯨を通じて他の化学物質も摂取している可能性がある。さらに、免疫という複雑なメカニズムをワクチン抗体価だけで評価できるのか、5%という数字に臨床的な意義があるのか、他にも疑問は拭えない。結局この基準値は後に緩和されたのだが、EPAは迷走しているようにみえる」

    ◆…「海外に倣って住民の血中PFAS濃度を調べよ」という声も聞こえます。

     「血液検査には慎重になるべきだ。確かに米国の学術機関、全米アカデミーズは血中濃度の基準値をガイドラインとして公表している。しかし一般論として血液検査には(1)曝露の程度がわかる、(2)曝露を減らす情報源にできる-といったメリットがある一方、(1)どこから摂取したのか発生源を特定できない、(2)住民が不必要な検査や治療を追い求める-といったデメリットがある。とくに、デメリットについて専門家すら十分に認識していない現状は危うい」

     「また、全米アカデミーズの判断は『PFOS・PFOA濃度が高い→コレステロール濃度が高い』という因果関係を前提にしている。これに対しては単なる相関関係にすぎない、原因と結果が逆転している、交絡因子の調整が不十分-といった可能性が否定できない。人間集団を対象にする疫学研究のうち、介入研究でない観察研究で因果関係を証明することは至難の業だ」

    ◆…発生源という意味では、PFASは水道水だけでなく食品からも摂取されますね。

     「12~14年の農林水産省の調査によれば、日本人が取り込むPFOS・PFOAの9割以上は魚介類や藻類に由来していた。ところが日本は、食品中PFASについては野放し状態。もちろん食品の場合は水道水と異なり、浄水処理のような対策が難しいという現実もあるだろう」

     「他方で、製造・輸入・使用の禁止により日本人のPFOS・PFOA曝露量が漸減していることは間違いない。そろそろ水道水と食品を大局的に捉えた最適な規制を考えるべき時期ではないか。そもそも基準値は、科学だけでなく政治、経済、文化にも配慮しつつ『どこまでのリスクなら許容できるか』という視点から社会全体で決めるもの。厳しければ厳しいほどよいものではないはずだ」

    (聞き手=濱田一智)

    ※この稿おわり
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