英シェルは現地8日、シンガポールの製油所や化学プラントを、インドネシア最大の化学企業チャンドラアスリ・パシフィックと資源商社大手グレンコア(スイス)の合弁会社CAPGC(本社・シンガポール)に売却すると発表した。2024年末までに取引を完了させる。入札で決定したとしているが、売却額は明らかにしていない。
ブコム島とジュロン島にまたがる「シェルエナジー&ケミカルズパークシンガポール」の全権益をCAPGCに譲渡する。対象資産は、1961年に稼働したブコム島の製油所と、2010年稼働のエチレン設備、ジュロン島のEOG(エチレングリコール、同オキサイド)設備をはじめとする化学誘導品プラント。従業員の雇用は継続される。
シェルにとってシンガポールはアジア太平洋地域最大の石油化学製品の生産拠点だが、市場環境の変化を受け、財務規律強化を進めるためかねて売却先を探していた。
CAPGCの株式の過半はチャンドラが保有しているが、具体的な出資比率は不明。シェルとCAPGCは原油供給・製品引き取り契約を結んでおり、権益譲渡完了後に発効する。
シェルは「マーケティングおよびトレーディング事業の地域ハブとしてのシンガポールの重要性は不変」とし、同国が「脱炭素化を進めるなか、シンガポールや域内の顧客と継続的に連携していく」と発表した。
<チャンドラ 成長戦略いかに>
シェルのシンガポール資産売却先がようやく決まった。中国国有を含む多くの企業が買い手に浮上しては消え、決着は当初予定より3カ月ずれ込む結果となった。交渉長期化の背景には、シンガポールの炭素税制や、環境悪化による石油化学ビジネスの収益性懸念があったとみられる。
<重い炭素税負担>
同国の炭素税額は今年、二酸化炭素(CO2)排出1トン当たり25シンガポール(S)ドルに引き上げられた。さらに30年には最大80Sドルに増税される。
域内競争激化で製品への価格転嫁は難しく、シンガポール産の汎用化学品はコスト競争力で劣勢を強いられる。これが、海外生産拠点を欲する中国国有にも二の足を踏ませた要因だろう。シェルが昨年、シンガポール資産の大幅な減損処理を行ったのは、買い手側の炭素税負担を織り込んでのこととみられる。
<政府支援に期待>
シンガポール政府は経済界の懸念を共有しており、市場関係者によると25Sドルへの増税に合わせ、今年から化学企業などを対象に軽減税率が適用された。税減免は過去の省エネ・排出削減投資実績が条件となる。そのためM&A(合併・買収)などを通じて最近プラント運営企業が変更されたケースでは、継承企業は税減免対象とならないが、エネルギーハブとしての機能を重視するシンガポール政府が、CAPGCに特例措置を講じる可能性はある。
チャンドラアスリ・パシフィック-グレンコア連合による買収は市場でも驚きを持って受け止められているが、トレーダーとしてのグレンコアの狙いは明確だ。近年、資源・エネルギー取り引きで大きな利益を上げた同社の関心は、シェルが持つ製品タンクやバースにあり、製油所や化学品プラントの運営そのものにはない。
従業員は継続雇用されるため運転に支障はなく、また昨年来精製マージンも良好なため同社が製油所の維持・運営に魅力を感じているとの見方がある一方、CAPGCとして早晩、製油所を廃棄するとみる向きもある。
これに対して、CAPGC株式の過半数を握り、製油所や化学プラントを実質的に運用することになるであろうチャンドラの戦略はみえにくい。
インドネシアは製油所と化学工場の連携が希薄で、チャンドラはオレフィン原料ナフサの大半を輸入に依存する状況。製油所を持てば悲願ともいえるナフサからの垂直統合が実現するが、シェル・ブコムの分解炉も自前製油所分では足りずナフサがショートポジション。国をまたいだシナジーは期待しにくい。
また今回売却対象となった化学プラントは、シェルの全額出資子会社シェル・イースタンペトロケミカルズ(SEPC)が運営しているが、EOG関連品が中心で誘導品の幅広さに欠け、収益が振れやすい面もある。
報道によればシェル資産の買収総額は10億ドル(約1600億円)。この過半をチャンドラが拠出することになる。同社の今年1~3月期決算報告書によると、期末手元資金は10億ドル強。前年同期比3割減とはいえ厚いが、それでも5億ドルを超える資金負担は軽いものではない。
<本国計画変更も>
チャンドラはインドネシアでの第2エチレン「CAP2」や電解設備の投資計画を抱え、さらには塩化ビニル樹脂事業への参入構想もある。
シンガポールで分解炉を手に入れるのと引き換えに、銀行団からも懸念が表明されているCAP2計画の変更・撤回は十分考えられる。
それぞれチャンドラの1位、2位、3位株主である現地財閥バリトパシフィック、タイ化学大手SCGケミカルズ、同じくタイPTTグループの意向も注目される。(中村幸岳)