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  • 東洋インキSCHD、医薬品製造で新たな柱
  • 2023年10月30日
    • 東洋インキSCHD フロンティア研究所バイオプロセッシンググループ・荻原直人サブリーダー
      東洋インキSCHD フロンティア研究所バイオプロセッシンググループ・荻原直人サブリーダー
     <次代の挑戦者>

     メディカル分野における新規事業の創出を急ぐ東洋インキSCホールディングス(HD)。2024年度以降に各種の新材料が本格的な事業化フェーズに入る見込みで、バイオ医薬品の製造工程を狙った添加剤などの実績化を図る。フロンティア研究所(埼玉県坂戸市)のバイオプロセッシンググループでサブリーダー(SL)を務める荻原直人氏は、その中核となるバイオ系人材として10年にわたって“医工連携”に従事。まもなく学位を取得して同社初の社会人ドクターとなる荻原氏は「基礎学理を固めてブレない軸を作れば、時代が変わっても戦えるようになる」と未来を見据える。

     <界面制御を応用>

     印刷インキなどの同業でもバイオ系の研究は盛んで、樹脂へのバイオマス導入や藻類培養技術のヘルスケア向け展開といった事例が目立っている。だが東洋インキSCHDはあえて医薬品市場に挑み、既存事業では粘着剤の医療向け展開を拡大。16年には積水メディカルから貼付薬などの事業を買収し、医薬品市場で一つの橋頭堡を得た。

     だがR&D部門ではこれ以前から、バイオ・メディカル系の技術基盤の構築に着手。創薬周辺や再生医療をターゲットにシーズ開発を進めてきた。

     荻原SLによれば、事業コンセプトの原点はこうだ。「インキは一般にポリマーと顔料で構成されるが、このうち顔料を『細胞』に置き換えて考えた」。インキ製造で培った界面制御技術を「生体とポリマーの間」にも応用し、細胞によるさまざまな機能発現をポリマーで制御するという発想で事業創出に取り組む。

     <希望を与えたい>

    • 蛍光プローブは一部で実績化を果たした
      蛍光プローブは一部で実績化を果たした
     初期から開発テーマだった「非吸着ポリマー」は、すでに検査診断薬向けのブロッキング剤や増感剤として複数の採用を得た。さらに色素から発展した「近赤外線蛍光プローブ」も実績化しつつある。これらは探索研究や新薬候補の開発といった「創薬プロセス」をターゲットとするが、今後はバイオ医薬品の「製造プロセス」向けで新たな柱を立ち上げる考えだ。

     抗体を産生する細胞の培養工程では、リアクター内で細胞同士が衝突したり、内壁に付着したりしてしまう「クランピング」という現象がある。細胞をくるむことで付着防止・生存率の向上につなげる「アンチクランピング剤」を製品化する計画で、このほどサンプルワークを開始。客先評価を通じ、培養バッグを含む本格的な工業プロセスへの適用を図る。

     一連の製品は「24~26年度の次期中期経営計画のもとで本格的な立ち上げ期に入る」(荻原SL)見通しだが、これに先立つ今春には新たなターニングポイントも到来。バイオ系製品群を「Sciforiem(サイフォリーム)」のブランド名で商標化し、「BtoB(企業間取引)メーカーではあるが、患者とその家族に希望を与えるという事業価値を明確にした」(同)。

     <転機は10年前に>

     荻原SLは大学時代からポリマー合成を専門とし、当初はフレキシブルプリント基板(FPC)向け電磁波シールドフィルムなどの開発に携わった。だがその量産化にめどが立った13年、バイオ系研究者へと進む転機が訪れた。

     「当時の研究所には細胞培養のユーティリティーもスキルもなく、まさに手探りの状態」(同)からスタート。その過程ではオープンイノベーションも活用し、医工連携を趣旨とする東京女子医科大学のバイオメディカル・カリキュラム(BMC)を受講した。

     その後は東京大学大学院工学系研究科の高井まどか研究室との共同研究も始めたが、「今後は海外顧客との議論も活発になるなか、信頼を得るためにも学位が欠かせない」(同)とみて、21年に同研究科バイオエンジニアリング専攻の博士課程に進学。サイエンティストとして新たなステージに挑んだ。

     会社員との二足のわらじを履きこなし、24年春には博士号を取得する見込みだ。同社では数十年前に論文博士はいたが、社業と並行してカリキュラムをこなし、ゼミ参加も経て社会人ドクターとなる社員は初めてという。

     <「学」は社の財産>

     荻原SLは会社に進学希望を伝えた頃を振り返り、「ブレない学問的な軸を確立していなければ、新規事業はいずれ廃れてしまうと考えた」と話す。未想定の用途などに応用を利かせるためにも、基礎学理の習得は外せない要素だ。

     事業創出に限らず人材育成の面でも“ファーストペンギン”となったかたちだが、「会社の理解とバックアップを得られたことで、挙手しやすい風土の醸成が進んだのも成果の一つ」(同)と話す。研究員を定期的に進学させるといったシステム化にはまだいたらないが、自身に続く形で社内に社会人ドクターが増えていくことに期待を寄せる。

     産学連携を通じた「共創」が重視されて久しいが、先端領域ではこれを上回る「融合」とも呼べる研究活動を必要とする時代が来ている。バイオ系のほかに半導体材料・AI(人工知能)などの分野でも、社会人が専門領域で学位をアップデートしていく必要性は増すばかりだ。「学」を会社組織にとっての財産として評価し、計画的に支援することが、イノベーションを継続するための欠かせない取り組みとなっていく。
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