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  • TOPPAN HD、デジタル計測で認知症早期発見
  • 2023年11月2日
     <次代の挑戦者>

     TOPPANホールディングス(旧凸版印刷)総合研究所事業開発本部の牧野洋一課長には「当社が医療分野を手がけていることをさらに広め、バイオ系企業としての地位を高めていきたい」との強い思いがある。医療・ライフサイエンス部門の検査技術研究のテーマリーダーとして、商材開発に向けたテーマのマネジメントに取り組む。

     主要なテーマの1つがエクソソーム(細胞外小胞)の検出。2013年当時、上司の許可を得て空き時間を使いたった一人で研究を始めた。最初は苦労したが、東京大学の野地博行教授の協力を得ながら取り組み、2年ほどで良い結果が出始め、社内でテーマ化された。

     エクソソームの検出には水溶液中の分子の数を正確に測定するためのデジタル計測に感度蛍光検出技術の「デジタルICA」を用いる。血液からDNAやたんぱく質、エクソソームを生成し、反応試薬と混ぜ合わせデバイスに流し込むと、検出チップ上に形成された100万個の数マイクロメートルサイズの窪み(ウェル)に重力でDNAやRNA、エクソソームなどの分子が分散して入る。これをオイルで閉じ込め加熱すると試薬が反応して発光、検出装置で撮影して計測する。

     最初はDNAが対象だったが、北海道大学産学・地域協働推進機構の湯山耕平特任准教授からエクソソーム検出の要望があり、社内で新規テーマを立ち上げた。この技術が湯山特任准教授に評価され、19年から共同研究を進めている。

     アルツハイマーは、脳内にアミロイドベータ(アミロイドβ)が蓄積していき、続いてタウたんぱく質が蓄積することで神経細胞死が起こり、認知機能が低下し進行する病気だ。最近承認された新薬を含め現在は比較的後期の段階に投薬されるが、より早期の治療が求められる。

     神経細胞死が起こる前にみつけ、リスクを分析するにはアミロイドβを検出するのが良いと考え、エクソソームに着目。がん診断でも注目されるエクソソームは細胞から分泌され他の細胞に取り込まれる機能を持つ。

     健常者では脳内でニューロン細胞から分泌されたエクソソームはアミロイドβを捕捉してミクログリアに取り込まれ、中で分解されるため、脳内のアミロイドβを一定の濃度以下に抑えられる。一方、アルツハイマーが進むと、このエクソソームとアミロイドβの複合物が脳内に高濃度に蓄積し、アミロイドβが捕捉されず脳内で増えていく。

     TOPPANHDの手法はこの複合物の濃度を測定することが特徴で、脳内のアミロイドβの量を推察できる。複合物は普段、脳脊髄液中にあるが、血液中にも流れ出ている。牧野課長は「脳脊髄液を回収して行う検査は侵襲性が高く、われわれが目指す認知症の症状が出る以前の検査には採用しにくい」とし、血液中の複合物を測定する低侵襲な検査を目指す。

    • エクソソームとアミロイドβの複合物の濃度からリスクを測定。将来的には同じシステムでがんや感染症など、さまざまな診断コンテンツを提供するイメージを描く
      エクソソームとアミロイドβの複合物の濃度からリスクを測定。将来的には同じシステムでがんや感染症など、さまざまな診断コンテンツを提供するイメージを描く
     同社は00年代から遺伝子検査装置を手がけ検出反応試薬のノウハウを持つ。また樹脂加工や体外診断薬のパッケージ化技術や製造設備も有している。水溶液の流速、ウェルの間隔や高さを流体シミュレーション技術で事前に確認することもできる。分子計測システムは印刷物で異物混入の画像検査を手がける部署と構築を進めており、「われわれのさまざまな技術が生かされている」という。

     北大によるマウスを使った検証でアルツハイマーの検査に使えそうなことが分かってきた。北大にはもともと認知症研究拠点があり、認知症の予防、早期発見、診断、治療・ケア、病院など認知症に関して必要な要素すべてを対象にしている。これとは別に今年4月、診断にフォーカスした認知症包括研究部門を立ち上げた。実用化に向け、今後2年間で人での実証開始を目指す。

     事業化は、体外診断薬と検出装置のシステムで販売するモデルを考える。アルツハイマー向けはエビデンスの積み上げや診断薬としての効果検証に時間を要するものの、「診断対象やどんな治療につながるかはっきりしているがん向けを含む検査システムとして30年頃までの上市」を見込む。同じシステムでがんやアルツハイマー、感染症などの診断コンテンツを提供するイメージを描く。

     北大との取り組みは、同社が他の領域に展開する可能性を議論することも大きな目的だ。検査に超早期の検査や病型分類だけでなく、予防・抑制治療やその後の緩和・介護まで「われわれが関われる部分は多い」という。

     牧野課長は学生時代に生物学を専攻し、ミドリムシの中のクロレラにのみ感染するウイルスのゲノム解析に取り組んだ。当初は製薬や食品系の就職を考えたが、友人から当時の凸版印刷が遺伝子検査を手がけていることを聞いて入社を決めた。

     医薬分野を志望したが、最初の3年間はまったく別の企画部門で自動車のメーターパネルのデザインなどに関わる。仕事に携わるなかで「社内にはいろいろな人がいて多様な技術がある」ことを知った。「最初から医療分野だったら、こんな経験はできなかった」と振り返る。

     マネジメントでは「それぞれの人に合った接し方が大事で、皆の意見を聞くこと」を心がける。エクソソーム検出の事業化に向けては大学や病院、協力会社など社外の人や社内でも幹部に説明する機会も増えてくるが、「つきあい方も異なるためコントロールしながら進めていきたい」という。将来は「われわれのテーマの実現に協力してくれる企業と一緒に推進体制を作り、それに合った相手と関係を作る経験をしてみたい」と、オープンイノベーションに意欲を示す。
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