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  • ノーベル賞のmRNA、世界で供給網形成進む
  • 2023年10月4日
  •  2023年のノーベル生理学・医学賞に輝いたメッセンジャーRNA(mRNA)研究。新型コロナウイルスワクチンで2020年に実用化され、世界人口のおよそ7割が接種した。これだけ大規模で短期間に臨床上の有効性や安全性が積み上がったモダリティ(治療手段)は過去に例がなく、新たな創薬技術として応用範囲が広がるのは確実だ。異例の速さでmRNA産業のサプライチェーン形成も進んでおり、AGCや富士フイルム、第一三共など日本勢も存在感を高めている。

     mRNAには、生体がたんぱく質を作る際の設計図(遺伝情報)が組み込まれている。遺伝情報は4種類の核酸の配列で決まり、核酸配列の設計や合成は工業化が可能だ。生体内で狙ったたんぱく質を作りだせれば病気の予防や治療につなげられ、医薬品応用の挑戦が続いていた。

     ところが、人工合成したmRNAをそのまま生体内に入れると、異物と見なされて炎症反応が起き、医薬品にならない。

     今回受賞した米ペンシルベニア大学のカタリン・カリコ特任教授とドリュー・ワイスマン教授は、4種類の核酸の一つ「ウリジン」を、化学修飾した「シュードウリジン」に置き換えたmRNAは生体内の免疫受容体から逃れられ、炎症反応を抑えられることを05年に発見した。

     シュードウリジンは新型コロナウイルスワクチンに使われ、このシュードウリジンを医薬品向けに大量生産できるのは世界でも一握りの企業で、米サーモフィッシャーサイエンティフィックやヤマサ醤油が担う。

     体内で分解されやすいmRNAを分解されないように、mRNAの末端にキャップ構造を人工的に付ける技術を新潟薬科大学の古市泰宏客員教授が1970年代に発見した。古市氏は昨年亡くなったが、mRNA医薬の実用化は日本人研究者の功績が大きい。ただ、キャップ構造を付与するための試薬は米トリリンクが独占するのが実情だ。

     コロナワクチンの実用化を機に、mRNAを量産するサプライチェーンも作られつつある。カリコ氏と共同研究に取り組んだ東京医科歯科大学の位髙啓史教授は「現在、日本の存在感は決して大きくないが、むしろ全てはこれから。日本独自の技術を発揮できる場面が必ずあり、とくに開発・製造受託(CDMO)は重要な領域」と話す。

     mRNAの製造プロセスを大きく分けると、(1)培養技術を用いたプラスミドDNAの設計・作製、(2)プラスミドDNAから酵素合成によるmRNA転写、(3)脂質ナノ粒子(LNP)など薬物送達技術(DDS)による製剤化-の3つ。

     プラスミドDNA作製時に用いる酵素材料はスイスのロシュ・ダイアグノスティックスなど欧米勢が高シェアを握るが、タカラバイオも新製品を投入し、事業機会を取り込む。CDMOでは独メルクやAGC、カネカなどが競い合う。

     プラスミドDNAをmRNAに転写合成する際に使う酵素試薬でもロシュ・ダイアグノスティックスなどの欧米勢が強い。CDMOではスイス・ロンザや韓サムスンバイオロジクスのシェアが高い。日本勢はタカラバイオが滋賀県内の工場を増強し、ベンチャーのアルカリス(福島県南相馬市)が同県内に先ごろ量産工場を稼動させた。

     製剤化に用いるLNPの原材料は、独エボニックインダストリーズや日油が大手メーカーだ。製剤化は独メルクや米サイティバのほか、富士フイルムも富山県の拠点で製造を担う。アルカリスは24年春までにmRNA原薬からLNP封入までの製造体制を整える。

     現在、世界で承認されているmRNA医薬はコロナワクチン向けの3製品で、米ファイザー、米モデルナに続いて第一三共の製品が8月に日本で承認された。少ない接種量で効果を得られる次世代ワクチンをMeiji Seikaファルマや阪大微生物病研究会が海外企業やベンチャーと組んで開発に取り組む。

     国立医薬品食品衛生研究所の調査(9月19日時点)では治験段階に感染症ワクチン、がんワクチン、難病治療向けなど約120プロジェクトが世界で進む。先行するのは米モデルナや独ビオンテック、独キュアバックで、米ファイザーや米ジェネンテックなどの製薬大手とも提携する。

     位髙教授は、mRNA研究のノーベル賞受賞の背景について、カリコ氏らのこれまでの研究成果の評価とともに「コロナワクチンに続く新しい創薬、とくにがんワクチンで非常に有望な臨床試験成績なども出始めており、今後のmRNA創薬に対する高い期待の表れ」と話す。

     がんワクチンでは、モデルナと米メルクが連携し、皮膚がんの一種、メラノーマを対象に最終治験段階にある。日本でもmRNA創薬ベンチャーが立ち上がり、ナノキャリアが6月にNANO MRNAに社名を変えて本格参入したほか、名古屋大学発のクラフトンバイオテクノロジーが昨年3月に設立された。

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