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  • アメリカ、物価高が個人消費・企業活動を直撃
  • 2023年3月14日
    • 物価高が生活を直撃する
      物価高が生活を直撃する
     <超大国アメリカ その肖像/中>

     米国の景気の持続性に注目が集まっている。2022年10~12月期の実質国内総生産(GDP)成長率は前年同期比2・9%増と底堅さをみせる一方で、賃金が物価上昇率に追いつかず、消費者が生活に苦しむ現状も浮かび上がる。長期化するインフレへの対応策として、米連邦準備理事会(FRB)は利上げ継続の構えをみせる。米国経済を支える個人消費が冷え込めば自動車や住宅など幅広い国内産業に影響を与えるだけでなく、世界経済の混乱リスクが再び強まる。

     「米国景気の現状には不思議な感覚を覚える」。インフレ抑制のための利上げにともなう景気後退の懸念と、雇用統計などの指標からみてとれる力強さとの距離を測りかねているというのが、米景気動向に対する多くの見方だ。

     2月の米消費者物価指数は前年同月比で7・9%上昇。40年ぶりの高水準が継続する。高インフレに鳥インフルエンザの流行が重なり「物価の優等生」ともいわれる鶏卵の価格も高騰。消費者を引きつけるため店頭に「特売セール」の貼り紙を出すスーパーマーケットもみられる。

     「家賃に食費、世の中はすべて高い」。ニューヨークのブルックリンで暮らすウーバーの運転手、ゲルソンさんはスマートフォンに収めた1歳の娘アマンダちゃんの動画を見せながら、後部座席に座る記者にこう嘆く。

     <「生活が苦しい」過半を超える>

     米ギャラップが2月に公表した調査で、米国人の過半が「生活が苦しい」と回答した。同回答が過半を超えるのはリーマン・ショック後の09年以来。賃金上昇率は4%台半ばに上るが、物価上昇率には追いつかない。米ムーディーズ・アナリティクスによると、米国人の家賃が世帯収入に占める割合(22年10~12月時点)はゲルソンさんの住むニューヨークでは実に68・5%に上る。

     新型コロナウイルス下の財政支援や株高により膨らんだ米国人の家計の貯蓄だが、直近(23年1月)の貯蓄率は4・7%。22年6月の2・7%を底に改善傾向にあるが、新型コロナ前の7%台には及ばない。22年10~12月期のクレジットカード残高は9860億ドル(約135兆円)と過去最高(9270億ドル)を超えた。

     FRBによる利上げにもかかわらず、足元でも雇用統計や個人消費支出などの統計は市場予想を上回る力強さをみせる。ただ、22年10月に21年ぶりに7%台を付けて以降は落ち着いていた住宅ローン金利は再び上昇傾向にある。「金利上昇と家計の貯蓄減少が進むと、住宅や自動車などの購買意欲が一段と減退する懸念がある」(日系企業)との声も挙がる。

     <年収10万ドルでも人材集まらず>

     「年収10万ドル(約1400万円)で求人を出しても人材が集まらない」と、日系企業の現地法人社長は話す。新型コロナ禍収束を見据えて人員の拡充を計画するも採用で苦戦。「応募があっても在宅勤務日数などの条件によって断られるケースも多い」という。別の日系企業は工場が密集する地域に工場があり「別業種との人材の取り合いが激化している」と苦悩をにじませる。

     23年2月の米失業率は3・6%。前月から0・2ポイント上昇も、市場予想を上回り労働市場がいぜん堅調なことを示した。経済活動の活発化や新型コロナ禍での自主退職者の増加などによる労働参加率の停滞もあって雇用環境は引き締まった状況だ。日系企業の現地駐在員は「人手不足による労働の『売り手市場』が賃金・物価上昇を招いている側面もある」と話す。

     人手不足や賃金上昇に苦しむ自動車部材メーカーなどでは、北米以外への生産移管や撤退を検討する企業も増えているようだ。現地での生産を継続する素材メーカーの間でも、省人化や生産性向上などの対応策を急ぐ姿がみられている。

     <先行き不透明感増す住宅市場>

     米国の中で先行き不透明感が増している一つが住宅市場だ。23年1月の米住宅着工件数は130万9000戸(季節調整済み、年率換算)と前月比で4・5%減となった。過去の実績と比べいぜん高水準であることや、地域によっては住宅の供給不足が続いているとの指摘もあるが、20年6月以来の低水準だ。

     米新車販売台数も22年は前年比8%減の1390万台程度になったようだ。半導体や部品の不足や物流混乱の影響を大きく受けた格好で、過去10年で最低の水準だ。自動車各社の在庫は記録的な低水準にとどまり、売り場にほとんど車が並ばないディーラーも各地でみられた。買い換え需要などの受け皿として、一時は中古車の価格が新車と同水準まで上昇した。

     インフレ退治を急ぐFRBによる利上げ長期化観測も浮上するなか、利上げの継続によって消費者の購買意欲が一段と減退する可能性がある。23年の新車販売台数はインフレや金利上昇などの影響で1500万台を下回るとの予測もあり、消費者の財布のひもが固くなった影響は食品や娯楽などのサービス産業にも幅広く及ぶ。

     米景気が「マイルドリセッション(緩やかな後退)」でとどまるのか「ハードリセッション(急激な失速)」に向かうのか。世界が警戒感を持って見守っている。
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