低炭素化の取り組みで成果を上げているTPCの工場(住友化学提供)
<シンガポール 岐路迎える石化産業/上(その1)>
東南アジア随一の集積を誇るシンガポールの石油化学産業が岐路に立たされている。脱炭素化を進める同国では、昨年炭素税が当初の5倍に引き上げられ、今後も段階的に増額される。市場では、安価な中国品が域内市場に流入し、化学品の利益は低下。当地で60年以上操業してきた英シェルが資産売却を選んだことが難局を象徴している。課税対象となる企業は原料やエネルギーの転換など対応を迫られている。一方で、課税対象外の企業を中心に機能化学品の増産投資は続いており、汎用品から特殊品へ、化学産業の“主役”が交代する兆しが見え始めている。
シンガポールの炭素税は、二酸化炭素(CO2)換算の温室効果ガス(GHG)排出量1トン当たり5シンガポールドル(約580円)の税額で2019年にスタートし、昨年から25シンガポールドルに改定されている。年間排出量がCO2換算で2万5000トンを超える事業者が対象で、同国国家気候変動事務局(NCCS)によると、約50施設が対象に入り、全排出量の80%をカバーする。税額は26年に同45シンガポールドルに引き上げられ、30年には50~80シンガポールドルとなる予定だ。
課税対象に入っているのは製造業のほか、発電、廃棄物処理、水処理といった事業者。エネルギーや化学も例外ではなく、化石資源を原料とし、生産規模が大きい製油所や石油化学プラントの一部も対象に入り、一気に増額された炭素税が重くのしかかることに。税額引き上げを盛り込んだ税制改正が決まった翌年の23年にはシェルが、製油所と石化設備を売却することを公表し事実上の撤退宣言を出した。この資産はその後、インドネシア化学大手チャンドラ・アスリ・パシフィックとスイスの資源商社グレンコアの合弁会社が取得することが決まった。
<優位性維持が難しく>
石化分野では、規模と安さで勝る中国勢を筆頭に化学メーカーが増えたアジアのなかで、炭素税が導入されたシンガポールで汎用化学品事業の優位性維持が難しくなり、日系の撤退が相次いでいる。デンカは20年にポリスチレンの生産販売を終了。三井化学は23年にフェノール事業を英イネオスに売却。同年にはDICも樹脂原料などに使われるパラターシャリーブチルフェノール(PTBP)の生産から撤退した。住友化学は昨年にメタクリル酸メチル(MMA)とメタクリル樹脂(PMMA)の大幅減産に踏み切った。ある商社の化学品担当者は「シンガポールのように、東南アジアでは石油精製から誘導品まで作り、5~6割を中国向けに販売していたが、いまは完全に逆になって中国が輸出してくる状態。東南アジアでの生産は縮小という傾向にならざるを得ない」と指摘する。
<取り組み次第で控除>
ただ、シンガポールで石油精製と石化産業といえば“建国の父”リー・クアンユー初代首相が肝いりで育てた国家事業。政府も脱炭素の名の下に一律に退場を迫っているわけではない。22年の税制改正の際に、生産品が輸出型で、同国の成長・発展や福利に資する経済的、戦略的価値を見いだせる事業者と判断されれば控除が受けられることが明文化されている。
在シンガポールの化学業界関係者の話を総合すると、経済的な貢献度や脱炭素化の取り組みなどを考慮した炭素税の控除が実施されている。控除を受けられれば、実質的な負担が引き上げ前の水準に近い税額で抑えられる事例もあるようだ。
【その2へ続く】