<PFASと報道 有識者に聞く>
昨今の新聞やテレビの報道では「有害性のある有機フッ素化合物(PFAS)が検出された」といった表現を耳目にする。しかし、実際に検出されるのは1万種以上もあるPFASの中で「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」で製造・輸入・使用が禁止されているペルフルオロオクタン酸(PFOA)やペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)であり、報道が必要以上に不安を煽っているとの指摘もある。フッ素合成の研究に長年取り組むお茶の水女子大学理学部化学科の矢島知子教授に、PFASを巡る報道のあり方を聞いた。
▼…最近のPFAS報道をどのように感じていますか。
「PFASという言葉が一人歩きしている。規制されているのはPFOAやPFOSであるにもかかわらず、PFASと一括りに報道されている。例えば市民団体がPFOAと言っているのにニュースではPFASと説明されていたりと、過大な表現になっている」
「PFOAとPFOSの製造・輸入・使用はすでに禁止されており、環境への汚染の広がりに歯止めがかかったことは、一般の人は知らないだろう。私もママ友から『フッ素入りの歯磨き粉、フライパンは大丈夫か』と聞かれた。私なら全く違うものであり、危険なものを世に出すわけがないと考えるが、不安に感じるのだろう。よくわかっている人が一度噛み砕いてちゃんと伝えないといけない。PFASはすべて危ないという報道は危険を煽ってしまう気がするし、アスベストのように本当に危険な物質の危なさが薄れてしまう懸念もある」
▼…PFASの安全性や毒性についてはいかがですか。
「フッ素だからではなく、基本的にどの化学物質も危ないと思って気をつけて扱った方がいい。塩や水も含めどんな化学物質も危険な面はあるが、どれくらい危ないかという、程度の問題が重要だ。私の研究室をリニューアルした際も化学物質を絶対に室外に流さないよう、学生が暴露しないように対策を取った」
▼…欧州のPFAS一括制限案の行方が見通せない中、食品に接触する用途や消費者に近い分野ではPFASの代替品を探る動きが見られます。一方で、半導体や医療、自動車分野ではPFASがまだ必要とされていることも事実です。
「他素材で代替できる用途ならともかく、フッ素が必須な用途でやめてしまうと、時代が逆行して利便性を失うだけだ。フッ素原料の蛍石は希少で、半導体やパソコンなどの用途は使用後に回収もしやすいので、ポリマーなどはしっかり回収してリサイクルする方向に進むだろう。中国からの原料輸入に頼る今こそチャンスと捉え、ポジティブに考えてもらいたい」
「丈夫で壊れないことがフッ素の特徴とされるが、私は思わぬところで分解するような副反応をみてきた。今までは分解してしまうと失敗だが、逆にこれが生きてくるかもしれない。代替物質を作るのも時間がかかるし、安全かどうかはすぐにはわからない。毒性の面からもしっかり研究してもらい、逆にここが危険だと分かれば、次の分子デザインにもつながる」
▼…フッ素合成研究のどこに魅力を感じますか。
「他の元素ではできない物性を出せることだ。高速通信に対応した低誘電性や耐熱性などを兼ね備えた元素は他にない。コンピューターがますます発達していく時代にフッ素を使った材料はもっと必要になっていくし、なかなか代替物質も出てこないだろう」
▼…もっと一般の人にPFASを理解してもらうためにできることは。
「私は化学科の学生に最初の授業で、『ただ危ないと言う人たちではなく、データを見てどの程度危ないのか伝えられる人になってほしい』と話している。もう少し草の根的な教育で冷静になれるといい」
「PFASに限らず化学物質のイメージが悪くなり、化学の人気がなくなることを懸念している。学生が親の理解を得るのが難しくなって他の分野に進んでしまうと後継者が育たないことになりかねない。日本の化学産業は強く、原材料を調達し、ものづくりをして世に提供することは国の根幹だ。そこが弱体化すると国力的にも厳しくなる」
「化学者としてはいいものを作り続け、こんなに便利になったのはフッ素のおかげだと言われたり、社会のシステムとしてちゃんと回収できる状況になることが一番だ。アピールするのは難しいが、コンピューターがこんなに小型化できたり、半導体がこんなに挟ピッチ化できるのはフッ素のおかげと思っている人はほとんどいない。フッ素があるからこそ、実現できたということを見せていくべきだ」(聞き手=山下裕之、濱田一智)