• 日本ゼオンの単層CNT
      日本ゼオンの単層CNT
     欧州で議論が進むカーボンナノチューブ(CNT)の規制枠組みについて、日本ゼオンやレゾナックといった国内メーカーが警鐘を鳴らしている。欧州化学庁(ECHA)が2025年からの効力発行を見込み議論を進めるCLP規則案では、直径が30ナノメートル~3マイクロメートル、長さが5マイクロメートル以上の多層CNTを含む多層グラファイトチューブを単一物質かつアスベスト同等の発がん性物質と定め、これを使用した製品に「発がん性が推定される」という表示を義務付ける。30年以降は、新規品の市場流通の難易度が高まるREACH認可対象物質への移行が濃厚だ。現在流通する多層CNTは形状やサイズは多様であり、そのほとんどが低毒性のことから、日本ゼオンCNT事業推進部の阿多誠文博士は「到底受け入れられない」と話す。両社などは現地機関と協力し、規制枠組みの縮小化と科学的根拠に基づいたリスク管理ベースの規制へと導く考え。

     CNTは、1991年に飯島澄男博士によって発見された日本発のナノ材料。炭素原子のシート(グラファイト)を円筒状に丸めた構造で、円筒が1層のものが単層CNT、複数筒が層状に重なったものが多層CNTとなる。いずれも優れた導電性と熱伝導性を持ち合わせ、鋼鉄よりも引っ張り強度が強いことから、近年は、バッテリーや半導体など先端領域での実装が進む。

     日本ゼオンは、15年に単層CNTの量産を開始。近年は動物実験による発がん性の検証や土壌微生物や市販の漂白剤(次亜塩素化合物)を活用した分解法など、より安全な管理策の確立にも注力する。同社やレゾナック、GISクレオスなどはナノテクノロジービジネス推進協議会(NBCI)の分科会などを通じてCNTの社会実装に向けた活動を進める。現在、欧州で検討が進むCLP規則(案)では単層CNTは対象となってはいないが「ユーザーへの供給者責任を果たすためにも、法規制の議論には積極的にかかわる」(阿多博士)考え。

    • 欧州によるCNTへのCLP規則案
      欧州によるCNTへのCLP規則案
     CNTの発がん性については、日本を含めた各国・地域で議論されてきた。そのなかで、世界保健機関(WHO)のがん専門の機関である国際がん研究機関(IARC)では「MWNT-7」という多層CNTのみを発がん性があるかもしれないという「グループ2B」に、その他のすべての多層CNTや単層CNTは発がん性について分類できない「グループ3」としている。MWNT-7は14年に製造が中止されており、阿多博士は「欧州では、いまだにMWNT-7を議論の中心に据えていることも大きな問題だ」と話す。

     欧州の規制枠組みは規制(Regulation)と指令(Directive)に分けられる。規制は、域内の法令を統一するためのもので加盟国の国内法よりも優先して適用される。指令は、域内の規則内容の統一を目的とするもので、EU官報で掲載後3年以内に国内法への適用が求められる。現在CNTへの適用に向けて議論されているCLP規制は、危険有害化学品の分類や表示、包装に関する規則となり、欧州議会からの委任法案となるため決定の早期化が考えられる。

     これまで日本ゼオンなどは在欧日系ビジネス協議会(JBCE)と協力し、REACHおよびCLP規制を所管するCARACALでの会議に複数回参加。CNTは直線的な針状からほつれた綿状、コイル状といった形状や表面特性が多様であることから、単一物質として取り扱うことができないことや、MWNT-7をベースとして発がん性分類(Carc.1B)とすることへの不同意を表明した。また、吸入暴露試験等の科学的な根拠に基づいて直径150ナノメートル以上、長さ50マイクロメートル以上の領域の除外や、平均直径と平均長表示を訴えた。欧州の規制にかかわる議論と並行して、次亜塩素酸化合物を活用した廃水処理法など、CNTのライフサイクル管理技術の国際標準化についても積極的な支援も行っている。

     欧州委員会は、環境優位性を産業競争力の向上につなげる「欧州グリーンディール」を軸とした経済政策を進めている。“環境規制の厳格化はイノベーションを刺激する”という考え方のもと、当局の積極的なかかわりがみられる。阿多博士は「環境法規はビジネスルールと認識すべきだ」と話す。また「あまりにも科学的根拠を欠く規制では、よりよいCNTやそれを用いた新しい技術の開発の意欲を削ぐことになるのではないか」との懸念を示す。欧州規則は、北米やアジアなどへの影響力が大きく「世界的な考え方として浸透することも否定できない」とし、「CNTの健全な発展に向けて、欧州規制については業界の総意として対応すべき」と主張する。
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