• 「起業の聖地」であるシリコンバレーの象徴の一つ、スタンフォード大学
      「起業の聖地」であるシリコンバレーの象徴の一つ、スタンフォード大学
     <超大国アメリカ その肖像/下>

     米国のスタートアップ市場も2022年は世界的な金利上昇や景気減速懸念の影響によって市場環境が大きく冷え込んだ。一方で脱炭素スタートアップの資金調達は拡大し、有望な技術を持つヘルスケアスタートアップを物色する動きも引き続き活発だ。世界中からベンチャー投資マネーや人材を引き寄せるスタートアップ大国には、次の成長の種を探る「熱い視線」が注がれ続けている。

     米調査会社ピッチブックと全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)の調査によると、22年のベンチャーキャピタル(VC)などによる米国の投資額は2383億ドル(約32兆円)と過去最高だった前年(3447億ドル)に比べ30・9%減った。投資件数は1万5852件で14・4%減。投資額、件数とも、22年は四半期連続で減少し、10~12月期の投資額は362億ドルと1~3月期(798億ドル)の半減となった。

     <上のステージほど資金調達苦戦>

     エンジェル、シード段階のスタートアップへの投資は比較的堅調も、アーリー、レイターとステージが上がるほど資金調達の苦戦が目立った。新規株式公開(IPO)やM&A(合併・買収)などイグジット(出口戦略)の金額は714億ドルと過去最高だった前年(7532億ドル)の10分の1以下にまで落ち込んだ。22年10~12月期のイグジット額は52億ドルとなり、過去10年の四半期実績で最低を記録した。

     記録ずくめの21年から一転し、環境が大きく冷え込むなか、今月に入りスタートアップへの積極投資で知られるシリコンバレー銀行が経営破綻を発表。米銀行の破綻では過去2番目の規模。利上げによって債権の売却損が出たことが引き金とみられている。

     それでは、米スタートアップ市場はバブルがはじけて「冬の時代」を迎えたのか。素材・化学分野に特化したVCのユニバーサル・マテリアルズ・インキュベーター(UMI、東京都中央区)の山本洋介取締役パートナーは「世界的な潮流となった脱炭素関連のスタートアップには投資資金が集まっている」と話す。

     脱炭素関連の技術は空気中の二酸化炭素(CO2)を回収する「ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)」、CO2を見える化するソフトウェア技術、CO2の回収・利用・貯留技術「CCUS」、リサイクル技術など多岐にわたる。

     例えば、米マサチューセッツ工科大学(MIT)発スタートアップでDACの技術を持つバードックスは22年、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らが設立したファンド「ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ」などから8000万ドルの調達に成功。米国の脱炭素分野全体としても22年の投資額は21年比で十数%程度伸びたようだ。

     山本取締役は「米国は合成生物学のように独壇場ともいえる分野や、ケミカルリサイクルなど強い分野はあったが、インフレ抑制法などの政策面の追い風もあり、CCUSなど幅広い脱炭素関連のスタートアップが台頭している」と話す。

     UMIも23年にかけて、3号ファンドと、脱炭素関連技術に投資する姉妹ファンドを立ち上げた。合成生物学などのバイオ技術、リサイクル・資源回収、CCUSを中心に国内外のスタートアップへの投資機会を探っていくとする。

     脱炭素関連技術で、米スタートアップと連携する日系企業も多い。旭化成は米ジェノマティカと自動車部品などに使うナイロン66樹脂原料を植物由来成分で作る技術を共同開発する。花王は洗剤や化粧品に使うパーム油を代替する植物由来原料の商業化を目指す、ジェノマティカと英ユニリーバが共同で設立したスタートアップに出資した。

     積水化学工業は米ランザテックと共同開発した技術を基に、可燃ごみから基礎原料のエタノールを作る実証事業を進める。住友化学は米ニューライトテクノロジーズと組み、CO2の排出量を上回る削減効果を実現する「カーボンネガティブ」な樹脂材料を共同開発している。

     ヘルスケア分野にもいぜんとして資金が投じられている。新型コロナワクチンや治療薬の研究開発の発展に対する期待などを背景に、21年の同分野の米国VC投資額は歴史的な水準に達し、283億ドルだった。22年は推定値で218億ドルまで減少したが、20年と比較すれば、約30%増加している。

     日本貿易振興機構(JETRO)ニューヨーク事務所でスタートアップの支援などを担当する高橋英行次長は「ベンチャーの投資額は21年から22年にかけて大幅な減少がみられたが、スタートアップを生み出すエコシステムに大きな変化はない。MITやハーバード大学をはじめとするアカデミア発の技術、それに端を発するスタートアップの誕生や台頭は揺るがない」と話す。

     <化学・製薬企業 CVC活動に力>

     スタートアップやアカデミアなどを対象に将来性の高い技術の獲得を目指す化学・製薬企業は、有力案件を発掘しようとコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)活動に力を入れる。

     医薬品市場では、核酸医薬、メッセンジャーRNA(mRNA)医薬品、遺伝子・細胞医療など、多様なモダリティの研究開発が活発化している。ただ、覇権を奪いゲームチェンジを起こすような技術はまだ生まれておらず、武田薬品工業は、RNAを標的とする低分子医薬品の開発や、たんぱく質分解、非ウイルス性の標的デリバリー技術など幅広く投資機会を調査している。

     化学企業は医薬のほか、医療機器、デジタルヘルスなどでもベンチャー投資を積極化する構えだ。直近では、三井化学が3月、CVCファンドを通じ、人工肩関節の開発・製造などを展開する米ショルダー・イノベーションズ(ミシガン州)に出資したと発表した。

     異常な過熱ぶりが沈静化したヘルスケア分野のベンチャー投資市場で、中・長期的な視点で成長のタネをみつける化学・製薬各社の動きが一層激しくなりそうだ。

    (16日付に「北米特集」)
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