• 大型特集
  • タイ特集 座談会 戻らぬ市場構造、協業や新領域に活路
  • 2025年7月28日
     <出席者>

     旭化成アジアパシフィック社長 大田幹夫氏

     花王インダストリアル(タイランド)副社長兼ケミカル事業部長 河合博之氏

     IVICTタイランド社長 宮下響氏

     ※氏名五十音順

     (司会=化学工業日報社・松井遥心バンコク支局長)

    ■タイ経済情勢

     <宮下 自動車に底打ち感も>

     <河合 近隣国輸出に可能性>

     <大田 小売・食品が下支え>

    ◆…タイの経済情勢をどのように見ていますか。

    • 宮下氏
      宮下氏
     宮下「タイの今年のGDP成長率は、直近では保守的なケースで1・3~2・3%。米国のトランプ関税の合意要因を差し引いたとしても東南アジアの各国と比べて大きく水をあけられている。自動車関係では、取引企業から聞くと2025年、26年というのはまだ先の見通しが悪く、自動車各社のモデルチェンジがある27年頃からようやく景気が多少良くなってくるのではないかと、皆さん期待を込めている」

     「5月の自動車生産台数が22カ月ぶりに前年同月比プラスになったので、底打ち感が出始めているかもしれない。国の家計債務はGDP比で85・1%あるが、前年同期比では3・2%減と5年ぶりに低い水準だ。ローン借り入れをともなう消費の急速な回復は短期的には見込めないが、家計債務の数値が改善していけば、長期的には耐久消費財や自動車の販売にポジティブな動きが出るのではないか」

     河合「タイ単独で見ると厳しいが、近隣にはベトナムやインドなど成長している国があるので、そういう国への輸出がうまくいけば、まだまだ可能性があると考えている。一般消費財では、生活必需品は景気に左右されにくく、ひと昔前は海外への憧れや海外製品への信頼がすごくあったが、今はタイの消費者が何を求めているのかをきちんと理解しないとこの分野ではうまくいかないと考えている」

     大田「タイおよび東南アジアの景況感は全体的にはよくないなと考えている。タイの自動車生産は国内販売が落ちたことで昨年は147万台。当社の場合エンジニアリングプラスチックのコンパウンド製品の販売に影響しているが、現在は自動車以外の領域や日系以外へのアプローチも進めている」

     「一方で、例えば小売りや食品関連はまだまだ堅調。これは観光業と合わせて全体の景気の下支えになっているところもある。当社グループでも食や小売りに関連するような事業への展開は一つのキーとなると考えている」

    ■化学品の供給網

     <河合 環境配慮し地産地消>

     <大田 汎用品の収益困難に>

     <宮下 中国の影響は不可逆>

    ◆…中国の経済低迷や化学品の大増産に、米国の関税政策などもあるなかで、かつてに比べ化学品の収益や需給バランスが大きく変わっています。サプライチェーンにはどのような変化が生じていますか。

    • 河合氏
      河合氏
     河合「サプライチェーンについては、新型コロナ以降すごく物流コストが上昇して、一時期ISOコンテナが全然手配できないということがあり、たびたび遅延が発生した。当社はカーボンフットプリントに非常に気を使っており、できるだけ輸送時の二酸化炭素(CO2)を排出しないようにするため、これからは地産地消が大事だと数年前から考えてきた。安定供給の観点もあり、米国では今年、殺菌剤や界面活性剤に使われている三級アミンの製造をスタートすることにした」

     「地産地消はトランプ関税で加速した。一方、欧州には域内でやろうという雰囲気がこれまでもあった。パーム油の代わりに例えば菜種油やヒマワリ油の産業もあるので、産業育成の観点からパーム油が必要以上に避けられる時期もあった。また、環境問題への意識が高いという面もある」

     大田「汎用化学品で安定して収益を確保するのは非常に難しくなっている。当社はPTTGC(PTTグローバルケミカル)と折半出資してアクリロニトリルを中心に生産販売していた事業を撤収するという経営判断をした。これはまさしく中国での増産が背景となっている。エンプラ事業では、中国のエンプラメーカーが東南アジアに打って出てきており競合する場面が実際に出てきている。ではどうするのか。当社では変性PPEやポリアミド66について、原料生産からコンパウンドまでの技術に加え、CAEという設計支援ツールを自社で持っている。これにより、顧客の設計段階から一緒に開発を進めるという、いわゆるソリューション型の提案ができる。グローバルでの開発に加え、ASEAN向けの製品開発機能も備えており、技術力・提案力・供給力を生かして差別化を図っていく」

     宮下「(米国の関税は)化学品への直接的な影響は限定的だ。というのも、合成樹脂をはじめとする各種素材が対象から外されている。もちろん自動車や電子部品に使われる素材はこれから間接的に影響を受けるだろうから今後注視していく必要がある。中国の大増産の影響は限りなく大きく、この流れは不可逆的なのではないかという見方がある。例えば、タイの(化学の)上場会社に顕著で、とくに汎用化学品を中心に競争力が非常に限られてきている。彼らはそれを予見していて、高機能商材、付加価値商材への移行、あるいは国外に利益の源泉を求める動きが出てきている」

    ■発展的な成長へ

     <宮下 原価抑え競争力維持>

     <河合 農資源活用にバイオ>

     <大田 同業と連携・協業も>

    ◆…上流分野もファインケミカルも作っており、集積が進んだタイの化学産業は岐路を迎えています。現在の立ち位置を維持し、発展的に成長するためにはどんな観点が必要でしょうか。

     宮下「『維持』というのがキーワードだと考えている。これから現状の競争力を維持していくという観点では製造原価の低減が重要だ。製造原価に直結する原料のところはどうしてもその時の国際市況による。人件費はタイの中でも上昇して久しいので、省人化投資あるいは生産性向上、物流の改善というのが引き続き不可欠だ。そこにAI(人工知能)を使ったらどうか。ここはぜひ、タイ政府には何らかの形でサポートしてほしい。日系企業も得意とする分野だ」

     「当社ではAIバリューチェーンの構築に注力しており、できることがあればサポートしたいと考えている」

     河合「オレオケミカルでは原料を持っている人が最終的には有利。そうなるとタイで事業化してもマレーシアやインドネシアにかなわない。原料優位を期待できない以上、いかに付加価値を付けるか、また顧客の声を聞くことが大事だ。これとは逆に、タイに原料があって事業にできそうなものは何かと考えると、農業資源がある。サトウキビやキャッサバの残渣など、未利用のもの、しかも非可食のものから付加価値が高いものを生産できればいい。当社もキャッサバの残渣を使ってエタノールを作るビジネスを考えているが、バイオが一つのキーではないかと思っている」

     大田「当社グループとしては、先ほど挙げた事業撤退という厳しい経営判断をしたケースがポートフォリオ改革の例。当社の事業改革としてはもう一つ、同業他社との連携、協業という考え方もある。タイに関連するところではスパンボンド事業を三井化学とのジョイントベンチャーへ事業継承した。現在タイでは具体的なシナジーを発揮するべく、議論と施策を進めている。こういった動きは日系企業に限ることではなく、タイでも産業全体で、協業も含めた議論と検討が進んでいくのではないか」

    ◆…商社から見るといかがですか。

     宮下「何年も前からの、石油化学のdisruption(=崩壊)に端を発し、再編の機運が高まっている。他方で、いわゆる“トランプ大統領の世界”になってしまったので、若干ステップバックすることを警戒している。本来であれば、隣国や地域で化学品を融通し合っていくというのがあるべき姿。あるいは、例えばタイと日本の企業の間でも融通し合えるのではないか。いろいろなところで話が出ていたが、その機運がこれまで通りではなくなっている」

    ■AI・自動化

     <宮下 省人化に向け有用性>

     <河合 柔軟性・費用見極め>

     <大田 生産計画でもDX化>

    ◆…AIを使った効率化システムをスムーズに受け入れる素地はありますか。

     宮下「それはとてもあると思う。フィンテックもしかりで、QRコードなどの利用は日本より進んでいる。それに対して拒否感は一切ない。ただ、顧客と話してみると、『人件費はまだ安い』『人はたくさんいるから大丈夫』という方もおり、いろいろな考え方がある。化学産業の競争力という意味では、省人化投資として使ってみるべきなのではないか」

    ◆…製造業から見て、AIや自動化設備の導入はどう進みそうですか。

     河合「自動化に投資するとどうしてもフレキシビリティがなくなってしまう。当社だとドラム缶、ISOコンテナ、あるいはもっと小さい容器に入れるとなると、それを全部自動化してフレキシブルにできればいいが、なかなか難しい場合もあるので、(自動か手動か)どちらが安くつくのか見極めながら決めている」

     「AIに近いところでは、当社では学ぶ機会を提供して、社員自身にアプリを開発してもらっている。管理面などで自分が困っていることに対してアプリを作ることで、それをみんなに広げていくという活動だ。AIまでは行っていないかもしれないが、リスキリングして、自分で問題を解決する方向としている。タイでは、行方不明になることのあるIBCコンテナにQRコードを付けて管理する仕組みをこちらのメンバーが作った」

     大田「AIより手前のところでわれわれの事業会社では製造現場のデジタル化を進めている。化学繊維であるスパンデックスの工場では、まず手書きの部分をすべてデジタル化し、フェーズを分けてDXを進めている。今後は生産計画の部分にも自動化やAIを導入することがターゲット。それは省人化にもつながる。この動きは日本の工場でかなり進んでおり、それを海外に展開することになる」

     「現在事業ごとでの対応になっているが、タイでも横展開はしっかり行っていく。ただ、工場によって合う合わないがあるので、各事業会社で判断していく。DXを進めていくために『パワーBI(マイクロソフトの分析ツール)』などのツールをしっかりと使いこなせる人材の育成を、日本人だけではなくタイ人の現場スタッフにも対象を広げて進める」

    ■高機能・特殊品

     <宮下 半導体関連品に商機>

     <河合 顧客理解深めて提案>

     <大田 タイ製造品を印展開>

    ◆…汎用化学品の収益性が低下し、それが市場構造として変わらない、先ほどコメントがありました「不可逆的」に近い状況のなかで、高機能製品やスペシャリティケミカルを志向する機運が、以前にも増して高いと感じます。どのような事業機会がありますか。

     宮下「PCB(プリント基板)メーカーのタイ進出がさらに加速していて、PCBや周辺素材メーカーのタイ拠点投資が進んでいる。ただ、これが含まれる半導体バリューチェーンにおいては、業界全体のなかでタイはシンガポールやマレーシアの後塵を拝して久しい。タイ政府が積極的に投資奨励をしていて、個人的な意見も含め、自動車産業に次ぐ屋台骨として、バイオ分野とともに、半導体バリューチェーンも構築されることが望ましい。そのバリューチェーンや周辺素材に商機があるだろう。すでにいくつかの大型案件が動いているが、これに続く投資の機運醸成には課題が多く、技術移転や高度人材の確保、育成が挙げられる。これまで自動車産業のバリューチェーン構築に貢献してきた日本は、半導体産業の一部の領域では優れており、そこで支援ができるのではないか」

     「PCBもそうだが、中国勢をはじめとして一気に進出してくると、既存の日系を含め、ものすごい過当競争になる可能性がある。先例として、EV(電気自動車)の『ゼロバーツ工場』(立地地域に利益が流れない工場のたとえ)という言い回しがあり、資本誘致が当初狙ったローカライゼーションに寄与していないという見方もある。タイ政府には税制優遇だけではなく、制度設計の工夫を期待したい。そこに総合商社として貢献できることがあれば取り組みたい」

     河合「当社で過去に成功した事例はだいたい、日本で成功したモデルをこちらの日系企業に移植する形で導入してもらうというのが多い。しかし、花王の洗う技術を生かしてエネルギー消費を低減する低温洗浄という事業は、水温が年中高いタイでは一部成功しなかったという事例がある。やはり顧客がどう困っていて、その原因はなんなのか、どんな解決策が提示できるのかという地道なアプローチしかない。こちらでは、顧客の困りごとを一つ解決すると、実はあれもこれも困っているといっぱい出てくるので、ビジネスの加速度はすごいと感じる。地道に顧客と話して、ソリューションを提案していくというのが一番大事だ」

     大田「宮下さんからお話があったPCBのタイへの生産移管によって生じる需要をしっかり取り込めるよう、当社の感光性ドライフィルムレジスト事業では、人的リソースも増やす形で活動を進めている。もう一つは、タイでも比較的安定していて成長している食および小売りに関わる分野で、具体的には食品用包装フィルムを事業展開しており、提案を進めている。もう少し踏み込んだところでは、食品・日用品包材の印刷技術もある。タイに限らず、ASEANと日本もそうだが、油性のグラビア印刷が圧倒的なシェアを占めている。当社は感光材の技術を用い、低炭素、低環境負荷の印刷技術であるフレキソ印刷の印刷版を作っている。パートナー企業とともにこれをタイのブランドオーナーに提案している」

     「タイは市場成長著しいインドにも近い。タイやASEANで作ったものをインドで展開するという商機も見えてきており、ビジネスの“仕掛け”もスタートさせた。成長市場をきちんと取り込んでいくというのは重要で、事業分野を見極めながらアクションを起こすというのがわれわれ現場の役割だ」

    ■脱・低炭素化

     <大田 支援の仕組み作りを>

     <河合 提携先見つけイノベ>

     <宮下 費用負担の行方注視>

    ◆…タイ政府の経済政策と親和性の高いバイオ、サーキュラーエコノミー、脱・低炭素化といった分野には成長性があります。日本企業はどのような貢献ができるでしょうか。

    • 大田氏
      大田氏
     大田「脱・低炭素化というところで日系企業が貢献できる分野は多い。環境負荷の低い当社技術として、先ほどの印刷技術や、コールドチェーンの効率化があり、その他の取り組みとしては、繊維製品の染色技術の導入事業を日タイの二国間クレジット(JCM)制度を活用して行っている。当社が長年蓄積してきた染色技術をタイの繊維企業に導入して、削減できたCO2排出量を企業間で分け合う。こうした事業の提案先では、環境負荷低減への意識には濃淡があり、各顧客の真のニーズを確認しながら進める必要がある」

     「一方で、コストの負担を低減するような国からの補助や支援の仕組みができればより浸透が進むのではないか。当社はバイオ分野で、バイオエタノールからオレフィンや芳香族製品を製造する技術を持っている。タイではサトウキビやキャッサバ由来のエタノールが生産されているが、例えば大規模農業のブラジルに比べて非常にコストが高く、事業化するのであればタイではないという話になりがちだ。農業の生産性向上という大きな課題につながっていく」

     河合「昨年、チャロンポカパン(CP)グループとサステナブルな未来に向けた協業への基本合意書を締結した。CPグループは小売りの大手チェーンであるセブン-イレブン、ロータス、マクロを運営しており、家庭品関連の合意書と思われているきらいがあるが、実際にはケミカル部門からいろいろなESGに貢献できるような提案をしている。自社でできることはどうしても限られてしまうので、パートナーを見つけて、イノベーションを共創することが重要だと考えている」

     「(植物の)非可食部分の有効活用も課題だ。ただ、こちらでバイオ技術の良さやESGへの貢献の話をしても、コストを負担してくれる企業がなかなかいない。この部分は法律で規制するとか、税金で切り替えを促すとかしてみてはどうか。タイだけが実施すると、恐らくタイだけが(国際市場で)負けてしまうことになるので、グローバルな枠組みで実施しないといけない。非可食な残渣の有効活用では、タイに一番可能性がある。しかし、サトウキビの残渣も燃やしてしまうと聞く。それではCO2を出してしまうので、需要家側も買わなくなる。溜まっていく残渣をどうするのか、必ず議論になってくる」

     宮下「お二人の話からしても、だれがコストを負担するのかが課題だ。これまでの成功例は、ブランドオーナーにビジネスをつなげられた事例で、先進的にその価値を見いだしてもらい、しかも価格転嫁をしてもらえた。例えばブランドオーナーが自社商品を通じて消費者へと転嫁できた。商品の付加価値が高いほど、最終価格の構成のなかでコストの比率は薄まる。これまでは、そうしたブランドオーナーがシンボリックに展開してきた時代だったが、その次としてどうするのかというところにきている。いよいよエネルギー関連で低・脱炭素への関心が高まってきているのに、その最終コストは誰が負担するのかという議論がちょっと分けられている。政府の補助金で賄うのか、エネルギー政策の一環として最終消費者に負担させるのか、その両方なのか。いろいろなプロジェクトが組まれているが、このバランス次第で実現が難しくもなる。現実的な路線がどこなのか、注視していきたい」

    ■人材確保

     <大田 人事制度の更新必須>

     <河合 ブランド向上に力>

     <宮下 適切な評価報酬を>

    ◆…中国企業なども増えるなかで優秀な人材を確保していく必要があります。

     大田「ASEAN地域では設立から20年以上の事業会社が増え、人事制度などをしっかりアップデートしないといけない。とくにキー人材のリテンション(維持)策としては、キー人材をしっかり特定して、教育機会の提供や評価制度の透明性を高めることなどに取り組んでいる」

     河合「エンジニア、技術職、管理職、スキルを持っている人の給料や福利厚生が高くなってきた印象だ。企業はブランド力を高める取り組みを進めて、スキル開発やポジティブな企業文化の醸成、雇用の安定性を提供することで、優秀な人材を引きつけようとしている」

     「タイはやる気のある人がすごく多い。面白がってやってくれると仕事も進むので、日本的な型にはめず、のびのびとやってくれればいいと思う」

     宮下「当社でもタイ人同士で仕事を作る部分が大きくなり、さらにそうシフトしていくと考えている。米国ほどではないが、キャリアアップして、一つのところに留まらない人が多いので、そういう人たちをどのようにリテインするか。いくつかポイントはあるが、成し遂げた仕事が評価される評価報酬制度はその一つだ。数年前に人事制度を改め、優秀人材の確保に取り組む」

    (敬称略)
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