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  • シンガポール特集 ジュロン島25周年、構造転換待ったなし
  • 2025年11月17日
    • PCSのプラント
      PCSのプラント
     日系を含めて100社を超える世界的なエネルギー・化学企業が拠点を構えるジュロン島も開島25周年の節目を迎えた。同島は1995年に埋め立てが開始され、2000年10月14日に当時のシンガポール首相であるゴー・チョクトン氏が臨席して公式に開設が宣言された。以降、シンガポールでは同島を中心に高度に統合された産業クラスターが形成されてきた。パイプラインは全長100キロメートルを超える。一方、長くアジアのハブとして化学産業を支えてきた同島だが、事業環境が大きく変化するなか、島内に生産拠点を持つ企業は従来の大量生産型モデルから脱却を迫られている。基礎化学品・汎用化学品から環境対応型・高付加価値製品への転換が急務となっている。

     <中国の過剰生産や炭素税増税 さらなる収益圧迫懸念>

     エネルギー・化学(E&C)産業は、シンガポール製造業の中核を担う存在であり、国家経済において極めて重要な役割を果たしている。24年の国内総生産(GDP)は前年比4・4%増の7310億シンガポールドル(約86兆円)だった。このうち製造業は全体の約17・3%を占める。そのなかでもE&C産業は製造業出荷額の約23%を構成し、電子機器に次ぐ主要分野となっている。

     だが、昨今の中国による過剰供給により、基礎化学品や汎用化学品の市況はグローバルで悪化しており、シンガポールも例外ではない。加えて、同島ではシンガポール国内の人件費などのコストの上昇も足かせとなり、収益を圧迫、死活問題となりつつある。

     さらに炭素税も今後、収益に影を落とす可能性がある。シンガポールでは19年に導入され、現在は二酸化炭素(CO2)換算の温室効果ガス(GHG)排出量1トン当たり25シンガポールドル(約3000円)が課されている。年間排出量がCO2換算で2万5000トンを超える事業者が対象となっている。

     ただ実際のところ、対象事業者の多くは補助金などを活用することによって4分の3程度を取り戻せているようで現状の影響は限定的となっているもようだ。しかし、26年には同45シンガポールドル(約5300円)にさらに引き上げられる予定で、対象事業者のみならず、サプライチェーン全体において原料やユーティリティー関連にかかるコストへの影響も懸念されている。

     税額引き上げを盛り込んだ税制改正が決まった翌年の23年にはシェルが、同島の製油所と石油化学設備を売却することを公表し事実上の撤退を宣言した。これらの資産はインドネシア化学最大手チャンドラアスリ・パシフィックとスイスの資源商社グレンコアの合弁会社であるCAPGCへ25年3月に売却された。シェルの資産売却は単なる事業整理ではなく、シンガポールの石化産業が直面する構造的転換の象徴と捉え得る。

     <PA11、EVOH、SAFなど ”持続可能”関連に注目>

     そのようななかシンガポール経済開発庁(EDB)では、21年に「持続可能なジュロン島計画」を策定した。同計画では従来の大量生産型汎用品から、スペシャリティケミカルや環境対応型製品、サステナブル素材へのシフトなどを促している。

     使用時に環境への影響を大幅に低減する、またはリサイクルやバイオ由来といった再生可能素材を使用して製造されたものを持続可能製品と定義。30年までに同製品の生産量を19年比1・5倍に、50年に同4倍に引き上げる目標を掲げている。

     仏アルケマがヒマシ油から採れるセバシン酸を出発原料とするポリアミド(PA)11樹脂「リルサン」の生産を22年に同島で開始するなどし、同製品の生産量は確実に拡大。開島25周年にあたってEDBと政府系企業であるジュロン・タウン・コーポレーション(JTC)が発表した資料によると、すでに同製品の生産量は同1・4倍に達しているという。

     今後も同製品のさらなる生産量拡大が見込まれている。アルケマはリルサンの誘導体である透明PA樹脂「リルサン・クリアー」の新製造設備も26年初頭にも稼働させる予定だ。

    • クラレアジアパシフィックのテクニカルセンターが入る「The Galen」
      クラレアジアパシフィックのテクニカルセンターが入る「The Galen」
     さらにクラレのシンガポール現地法人、クラレアジアパシフィック(KAP)は、エチレンビニルアルコール樹脂(EVOH)「エバール」の生産に乗り出す。26年末に製造設備を稼働させる。とくに照準を置いているのが食品包装用途。エバールは高い酸素バリア性を有しており、多層食品包材のバリア層として多用されている。ポリオレフィンのリサイクルを妨げない性質から環境負荷低減の面からも期待されている。

     KAPでは製造設備に先立ち、9月にシンガポール南部のサイエンスパークにある研究開発施設「The Galen」内にテクニカルセンターも稼働させた。エバールなどの顧客へ技術支援を行い、新製造設備の垂直立ち上げを目指していく。

    • IHIなどが進めているSAFベンチスケール試験設備
      IHIなどが進めているSAFベンチスケール試験設備
     長期的にはIHIとシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)が進めているCO2を原料とした持続可能な航空燃料(SAF)も期待されている。25年1月には1日当たり5キログラムのベンチスケール設備も設置。26年以降にSAFとして使えるパラフィンとするための増設も計画する。26年末には年100~1000キロリットル規模のデモンストレーション設備の導入も検討。30年に年1億リットル規模の商用プラントの稼働を目指している。

     <スペシャリティケミや高機能材 生産設備投資が活発化>

     加えてスペシャリティケミカルや高機能材料への投資も目立ち始めている。韓DLケミカル傘下のカリフレックスが25年5月にイソプレンゴム(IR)ラテックス工場を開設。天然ゴムラテックスの代替品として高付加価値用途に適した合成の水性ポリマーラテックスを供給する。

     日系では三井化学の完全子会社である三井エラストマーズシンガポール(MELS)がエチレンαオレフィン共重合体「タフマー」の増強を計画、25年度内に新製造設備を稼働させる。タフマーは柔軟で軽量な特徴を持ち、自動車用部品などに使用されている。

     住友精化の現地法人であるスミトモ・セイカ・ シンガポール(SSS)も高吸収性樹脂(SAP)を増強、26年に新製造設備を稼働させる。紙おむつの吸収体に主に使用されるSAPはコモディティ化したともいわれているが、住友精化グループでは世界で唯一、逆相懸濁重合法を採用して真球状の製品を生産。差別化された高機能品となっている。

     <グリーンアンモニアなど 脱炭素型燃料拡大進む>

    • 蘭アドヴァリオのヒーリオス・ターミナル
      蘭アドヴァリオのヒーリオス・ターミナル
     持続可能なジュロン島計画では30年までに年間200万トンのCO2を回収する能力(ポテンシャル)を構築することも目標に掲げている。グリーンアンモニアの活用もその一つだ。同島で4つのターミナルを展開する蘭アドヴァリオは実現に向けたインフラ整備を進めている。

     同島の西側中央にあるギロス・ターミナルをグリーンアンモニア受け入れに向けて改修していく計画で、26年以降に専用のタンクを設置する予定だ。国内系統への送電のほか、海運燃料(バンカリング)としても活用される予定で、世界最大のバンカリング港であるシンガポール港において、次世代燃料としての地位確立を目指す。

     加えて島の南西端に位置するヒーリオス・ターミナルでは16年にガスタンク建設。バイオ燃料やメタノールの貯蔵に対応した。ブルー・グリーンメタノールなど、脱炭素型燃料の取り扱いを拡大している。

     同島では代替燃料に加えて、廃水の生物処理、CCUS(CO2の回収、貯留、利用)などの調査研究も行われており、さらなる脱炭素化が見込まれている。

     <高度品質管理や環境技術 日系企業の強み発揮へ>

     同島で進む産業の高度化と持続可能性への転換は、日系企業にとっても大きな転機となる。これまで培ってきた高い品質管理や現場での改善力、環境負荷を抑える技術は、汎用品から高付加価値製品への移行が求められる今、競争力の源泉となり得る。素材やプロセスの精緻な制御、信頼性の高い製品設計といった強みは、ジュロン島の先進的な製造基盤との親和性が高い。こうした特性を生かしながら、変化する市場や制度に柔軟に対応していくことが、ともに持続的な成長への道を開くカギとなるだろう。
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