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  • 新年特集号 パリ協定から10年・COP30、先進国・途上国の隔たり埋まらず
  • 2026年1月1日
    • グテーレス国連事務総長(国連HPから)
      グテーレス国連事務総長(国連HPから)
     <グラスゴーの夢から覚めて~地に足の着いた行動が必要>

     脱炭素化の揺り戻し、環境政策の後退―。最近流行のこうした言葉が、第30回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP30)でも聞こえてきた。確かにトランプ政権下の米国は高官を派遣せず、先進国と途上国との意見の隔たりは相変わらず大きく、議長国ブラジルが提案した「化石燃料からの脱却・移行ロードマップ」は一致をみなかった。パリ協定から10年目という節目にもかかわらず、祝祭的な雰囲気は希薄。治安の悪さや会場でのぼやなど、ロジスティクス上の不備もあり、後味の悪いCOPだった事実は否めない。それでも将来への示唆を見いだすことはできる。

     国連気候変動枠組み条約は1994年に発効した。枠組み条約なので、定期的にCOPを開き、議定書や協定によって詳細を詰める必要があった。97年の京都議定書は、先進国のみに対策を義務づけたため支持を得られず、約200の全締約国が参加するパリ協定は2015年にようやく採択。真の意味での気候変動対策はこのときに始まった。

     パリ協定の路線が最高潮を迎えたのは、21年にイギリスで開催されたCOP26だ。成果文書「グラスゴー気候合意」には「1・5度C目標」「石炭火力発電の段階的削減」など派手な文言が盛り込まれた。くしくも前年の20年には、菅義偉首相(当時)が所信表明で2050年カーボンニュートラルを宣言。20年から21年にかけては、コロナ禍の混乱のなか、脱炭素化への期待が膨れ上がり、世界が熱にわいていた。

     この熱狂には間もなく冷や水が浴びせられる。ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機、気候変動に無関心な米トランプ大統領の復帰など、COP26の理想を裏切る現実が次々と訪れた。23年のドバイでのCOP28は「石炭火力発電からの脱却・移行」が合意されるなど、COP26の高揚感がかろうじて残っていた。だが俯瞰すれば、パリで打ち上げた花火がグラスゴーでもっとも盛り上がり、徐々に尻すぼみになって今に至る、というのが大まかな流れだ。

     25年11月のCOP30は、成果文書「グローバル・ムチラオ」を採択して閉幕した。ムチラオはブラジル先住民族の言葉に由来するポルトガル語で「共同作業」や「協働」を意味する。しかし内容を正しく表現しているとは限らない。

     気候変動対策の二本柱である「緩和」(温暖化ガスの削減)と「適応」(削減しても生じる被害の軽減)のうち、緩和については「国が決定する貢献(NDC)」の未提出国に対して早期提出を求めた。NDCは各国が自主的に決める削減目標で、25年2月が締め切りだったにもかかわらず、半年以上経過してもなお提出しない国が多い。

     適応については、先進国から途上国への「適応資金」を「2035年までに少なくとも3倍にする努力を求める」と成果文書に盛り込んだ。歴史的に多くの温暖化ガスを排出してきた先進国は、気候変動で苦しむ途上国を支援すべきだという「共通だが差異ある責任」の考えは、パリ協定でも確認されている。それでも支援額を増やしたい途上国と、歯止めをかけたい先進国との溝は埋まらない。努力目標という決着は妥協の産物だ。

     ほかに特筆すべきは「一方的な貿易制限的措置」が議題になったことだ。成果文書は「貿易の役割に関する国際協力の強化」と曖昧にしているが、念頭にあるのはEUの国境炭素調整措置(CBAM)。気候変動対策が不十分な国からの輸入品に対し、EUが課す一種の関税措置で、世界貿易機関(WTO)の原則に反するとしてインドなどが激しく抵抗している。今後CBAMの是非が正面から問われることになった。

     一方、COP26と28の焦点だった化石燃料の扱いは軽い。26で「段階的削減」が、28で「脱却・移行」が合意されており、その延長として「脱却・移行ロードマップ」の合意をブラジルが目指していた。だが産油国や新興国の反対で頓挫し、一部の賛同国とともに独自のロードマップを策定することを余儀なくされた。日本も賛同しなかった。

     さらにブラジルは、新たな熱帯林保護基金「TFFF」を提案したが、やはり賛同したのは一部のみ。全会一致を原則とする国連気候変動枠組み条約とは無関係という位置づけになる。

     そもそもCOPは、緩和や適応など、事前に決まっていた議題を話し合うのが原則だ。化石燃料や熱帯林保護といった議題外のテーマを俎上に載せ、さらに合意を得るとなれば至難の業。その意味でCOP26は、外交巧者イギリスだから成し遂げられた偉業ともいえる。

     ところが皮肉にも、当時は絶賛を浴びたCOP26が、今や信頼を失いつつある。例えばパリ協定では「産業革命以前に比べて世界の平均気温の上昇を2度C未満に抑え、さらに1・5度Cに抑える努力をする」と合意した。これが「2度C目標」と「1・5度C目標」の由来で、いわば2度Cが必達目標で1・5度Cが努力目標。しかしCOP26以降は1・5度Cばかり強調されるようになった

     COP30の首脳会合では、国連のグテーレス事務総長が「遅くとも2030年代前半に一時的なオーバーシュートは避けられない」と発言して注目を浴びた。オーバーシュートとは平均気温上昇が1・5度Cを超えること。ただし、すぐに下げれば破滅は避けられる。

     COPで夢を語る時代は終わった。必要なのは地に足の着いた行動だ。
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