各国が半導体を戦略物資に位置づけ、さまざまな地域で半導体サプライチェーンの整備が続く。ポテンシャルを秘めるインド市場、独自路線を突き進む中国市場、政治が絡む米国市場。大手ユーザーが拠点を構える台湾、韓国も目が離せない。限られたリソースをどこに配分すべきか、各社の手腕が問われる。
<米国 工場建設ラッシュ続く>
TSMCがアリゾナ州フェニックスに建設中の半導体工場
半導体サプライチェーンを構築するため、前バイデン政権はCHIPS法による助成金政策でファウンドリーやメモリーメーカーの投資を呼び込んだ。足元のトランプ政権は助成金を使わず、関税政策という強硬手段で米国投資を呼び込もうと躍起だ。今春、早速反応したのが台湾積体電路製造(TSMC)。CHIPS法の際の投資額650億ドルを上回る1000億ドルの追加投資を発表した。
今月、トランプ氏はさらに圧力をかけ、米国に輸入される全ての半導体に100%の関税をかける方針を明らかにした。関税を回避するには、米国で半導体を製造するか、これから米国で半導体製造を計画するしかない。こうしたいびつな仕組みが導入されると、米国で築かれつつある半導体サプライチェーンに冷や水を浴びせることになりかねない。課税対象の範囲が不明確なこともあり、今後の動向を注視する必要があるが、米国半導体市場、ひいてはグローバルの半導体市場にとってマイナス影響が大きいといえそうだ。
米国半導体市場はアジアに比べて規模が小さく、生産コストも高いため、ほとんどの日系半導体材料メーカーは静観の立場を取り、台湾や韓国、中国といった近隣市場に照準を合わせる。ただ、TSMCが米国シフトを鮮明にしたことで米国半導体市場を見る目が変わり始めているのは間違いないだろう。とりわけ現地生産が求められるバルクの高純度ケミカルは米国に進出するメーカーが相次ぎ、競争が激しくなってきた。
住友化学は高純度ケミカルの新拠点をテキサスに開設し、2025年度中の本格出荷を目指す。海外では韓国や中国で高純度ケミカル事業を展開してきたが、顧客をサポートするために米国進出を決断。同拠点を北米のマザー工場に位置づけ、強みを持つ前工程材料を幅広くラインアップする計画だ。三菱ケミカルは中国に続き、米国でも高純度ケミカルのライセンス生産を始めた。原料を持つ日本、台湾は自社で生産する一方、そのほかのエリアでは独自の精製技術を供与し、アセットライトでタイムリーに顧客ニーズに応える。
過酸化水素最大手の三菱ガス化学は、オレゴン、アリゾナ、テキサスで事業を展開中。アンモニア水も含めて各地域で増強に取り組む。試薬メーカーの関東化学は幅広い製品ラインアップを強みに米国の最先端ニーズに応える。事業買収によって23年に市場参入した富士フイルム。高純度化や分析技術を注入してレベルアップを図り、米国の最先端市場に割って入る。
<台湾 前・後工程とも先端走る>
TSMCは台南のFab18で3~5ナノメートルの先端プロセスを手がける(写真はTSMC提供)
台湾積体電路製造(TSMC)は米国や日本、ドイツで投資を進めるが、最先端開発をリードするのはやはり本拠地の台湾だ。今年に入り、台中の「Fab25」で1・4ナノメートルのプロセスノードの受託生産を28年に始めると発表した。同社は今年から量産を始める2ナノメートルでゲートオールアラウンド(GAA)トランジスタを初めて導入し、来年には1・6ナノメートルで背面電力供給ネットワーク(BSPDN)を採用する予定。一歩ずつ着実に技術を進化させ、30年以降の1ナノメートルを見据える。
後工程の次世代パッケージもTSMCがリードする。高性能パッケージング技術である「チップ・オン・ウエハー・オン・サブストレート(CoWoS)」は先端AI半導体のパッケージングに採用されており、足元はローカルシリコンインターコネクト(LSI)を採用した「CoWoS―L」が主役に躍り出た。大型のシリコンインターポーザーの代わりに小型のLSIブリッジを採用し、周囲を有機材料で覆う技術だ。シリコンインタポーザーと有機インタポーザーのいいとこ取りで、微細化と低コストを両立する。
さらなる効率化に向け、パネルレベルのパッケージ技術「チップ・オン・パネル・オン・サブストレート(CoPoS)」の開発も水面下で進む。大型のパネルレベルパッケージはソリなどの課題が大きく、量産は28年末から29年辺りになるとみられる。一方でモバイル端末向けではパッケージ技術「InFO」に代わる次世代技術「ウエハーレベル・マルチチップ・モジュール(WMCM)」を開発中。データセンター用のAI半導体もスマートフォン用の高性能チップも前・後工程でTSMCの存在感が際立つ。
<韓国 サムスン反転攻勢>
メモリーメーカーでありながら先端ロジックのファウドリー事業も手がけ、次世代パッケージも自社開発するサムスン電子。近年は多角化する同社よりもリソースを最適化しやすいライバルの専業メーカーが優位に立つ。DRAM市場では広帯域メモリー(HBM)で先行するSKハイニックスが売上高で首位に立ち、30年以上続いたサムスンの牙城を崩した。ファウンドリーはTSMCの一強時代が続く。
こうしたなか、ファウンドリー事業で続々と明るい話題が発表された。7月に米テスラとのファウンドリー契約が明らかになり、テキサスのテイラー工場で受託生産を始める。今月に入ると米アップルとのファウンドリー契約が発表され、テキサスのオースティン工場でアップル製品向けのチップ製造に乗り出す。生産品目はイメージセンサー(CIS)とみられる。テスラやアップル向けで順調に実績化が進み、技術力を証明できれば、他の顧客からの受注増にもつながりそうだ。
肝心の技術開発に目を移すと、TSMCが2ナノメートルの量産を間近に控えるなか、サムスンも歩留まりを上げているようだ。業界では歩留まり率7割が量産の目安とされており、TSMCは7割程度、サムスンは4割前後とみられる。次世代パッケージの戦略はTSMCと同じく、LSIブリッジの採用やパネルレベルパッケージをターゲットに定める。
<中国 成長市場で存在感>
足元の成長市場は2つ。AI半導体市場と中国市場だ。中国半導体市場は中華スマホなど自国の需要に加え、政府からの手厚い補助金が成長を支える。好業績だった日系半導体材料メーカーの多くは、中国市場の需要を取り込んでおり「中国は歩留まりを気にせずに生産するため、需要以上に半導体材料が消費されているのではないか」(日系メーカー)と指摘する。極紫外線(EUV)露光装置が使えず、ダブル露光、トリプル露光を駆使するため、プロセス数が多くなることも影響していそうだ。
中国政府はエコシステムの構築にも力を入れ、現地の半導体材料メーカーが力をつけ始めた。前工程の基幹材料を中心に台頭しており、参入障壁の高いシリコンウエハーも中国メーカーが存在感を発揮しつつある。現状、中国製の半導体材料は中国国内で消費されているが、将来的に技術力とコスト競争力を兼ね備えた中国品が出回るようになると、安価な中国の化学品が日本市場に流入したように、中国製の半導体材料が市場に大きな影響を与えそうだ。
材料だけではない。中国は半導体製造装置も自前で取り揃える考えで、EUV露光装置の開発にも乗り出している。ボトルネックのEUVプロセスを自国で開発できれば、中国半導体市場の成長スピードは一気に加速することになる。
<インド 潜在力かリスクか>
印タタと独ボッシュはインド国内での電子機器および半導体分野における協業に関する覚書を締結した
拡大が期待されるインド市場。昨年9月に初の大規模展示会「セミコンインディア」が開催されるなど、半導体サプライチェーンの国際団体SEMIも同国を後押しする。ただ、日系材料メーカーの意見は真っ二つに分かれる。一方は高いポテンシャルと計画の具体性をみて、前のめりでインド市場に熱視線を送る。もう一方は冷静にというよりも、どちらかと言えばインド市場を懐疑的な目で見つめる。
前者は米国や日本などで半導体サプライチェーンが瞬く間に構築されたことを受け、インド市場に先手を打ちたい考え。後者はインドのインフラ、水などの課題を挙げ「中国の半導体市場が拡大したのはインフラや技術の素地があったから。ゼロベースのインドは時間がかかるし、立ち上がらない可能性すらある」(日系メーカー)。
積極的な姿勢をみせるのが富士フイルム。台湾大手ファウンドリーの晶積成半導体(PSMC)の支援を受けて前工程工場を建設するタタ・エレクトロニクスと協力関係を結んだ。自社生産とライセンス生産を組み合わせ、現地企業を巻き込み、半導体材料のエコシステムを構築する。ほとんどの前工程材料を取り揃える富士フイルムならではの戦略で、インド市場で早々に地位を確立する。
タタ・エレクトロニクス向けの超純水製造装置は野村マイクロ・サイエンスが納入する。実績をテコに他のファウンドリーへの装置販売を狙うほか、インド市場の拡大にともなって現地進出する半導体材料メーカーにも装置を販売していく。
インド政府から補助金の承認を受けた半導体工場の建設計画は6件。このうち前工程はタタとPSMCの協業案件、インドのHCLグループと台湾鴻海精密工業の合弁事業の2件だ。残る4件は後工程や組み立て工場で、まずは前工程よりもハードルの低い後工程分野から進出する企業が多いようだ。
いずれにしてもインド半導体市場に熱が入っているのは確か。半導体材料は先行勢が苦労しながらもサプライチェーンを構築し、ユーザーと強固な関係を築いてしまうのか。それとも土壌が整備された後に市場参入する後発組が、タイミング良く果実を刈り取るのか。各社が「インド市場を注視している」と口を揃えるが、自動車市場では早期に進出したスズキが成功したことを忘れてはならない。