<基調講演3 製造DXとデータ経営で越える2025年の崖 次世代工場の動向と戦略>
<AIST Solutions ViceCTO・博士(工学) 和泉憲明氏>
経済産業省で「DXレポート」の発行や官民横断のデータ連携基盤「ウラノス・エコシステム」の立ち上げを担当した和泉憲明氏(AIST Solutions Vice CTO)が基調講演に登壇。「製造DXとデータ経営で越える2025年の崖‥次世代工場の動向と戦略」と題し、DXレポートで提唱した「2025年の崖」の核心に触れながらデジタル化の真の価値について語った。
経済産業省への出向時代に日本のデジタル政策に深く関与してきた和泉氏は、多くの経営者がデジタル課題を認識しつつも、その変革がもたらす未来像を具体的に描けていない現状を指摘。「明治維新直前の宿場町の商人たちが現代の高速道路や物流革命を想像できなかったのと同じで、自分たちのビジネスの足元が明確に見えているほど、目先のITシステムの課題解決に追われ、DXによる未来の変革は見えなくなる」
和泉氏は、DXの本質は既存業務の効率化ではなく「新しい事業の創出」にあると語り、その好例として「自動改札」の導入を挙げる。1990年代は「切符切りの職員が不要になる合理化」と捉えられがちだった自動改札機だが、先見の明があった経営陣は乗降データの取得という「見えない価値」に着目。このデータを活用して乗客の動線分析に基づく「駅ナカビジネス」の創出や、Suicaなどの電子マネー事業へと発展させ、今や鉄道会社の利益の大きな柱となっている。和泉氏は、「人件費削減だけを見た経営者と、新事業創出を見据えた経営者の違いが、競争力の差となっている」と述べ、DXも同様の視点で捉えるべきだと訴えた。
この構造は「生成AIの活用」にも当てはまる。和泉氏は「生成AIで人が減ると騒ぐのは切符切りの仕事に固執するのと同じ」と述べ、真の論点は既存業務の効率化ではなく、生成AIという新しいインフラを前提にどのような新事業を創出できるかであると説く。「真のDXとは『引き算』の発想。例えば、新しいマッサージ機を開発するときに、マッサージというプロセスにロボットアームや針灸機能を追加するのは、コストが増えるだけの『足し算』のDX。これでは既存のプロセスがボトルネックとなり、本質的な価値は生まれない。真のDXとは『足湯に20分入った後に、マッサージを30分』のように、テクノロジーを前提にプロセス全体を再設計するような『引き算』の発想」
和泉氏はこの引き算の発想でDXが進んでいる事例として、京都の町工場からグローバル企業へと成長を遂げたHILLTOP(旧‥山本精工)を紹介。同社は、職人の作業をデータ化し、24時間無人での多品種単品生産を実現。これにより、複雑な試作品でも驚異的な短納期を実現し、従業員は単純作業から解放されて3D CADやマシニングセンターを導入した高付加価値業務にシフトし、NASAからも発注を受けるほどの競争力を獲得した。これは、従来の業務プロセスにデジタルやITを「足し算」するのではなく、デジタルを前提に不要なプロセスを「引き算」することで、結果的に新たな価値を付加するアプローチだと和泉氏は解説する。「社会のデジタル化とは、経済活動が物理的なモノの移動から、データのやり取りで完結する世界へ移行すること。人事給与業務における現金手渡しが銀行振込で『なくなった』ように、多くの業務は効率化されるのではなく消滅する。この『なくなる』という引き算の発想で、自社のビジネスを再設計しなければならない。我が国の強みは情報通信、すなわちデータにある。目先のITツールに惑わされることなく、データという次世代のインフラを前提とした大きな変化の流れを読み、自社の事業がどこへ向かうべきかを見極める必要がある」