莊曜宇バイスプレジデント
台湾の工業技術研究院(ITRI)は、超高齢化社会の到来に備え、生成AI(人工知能)を用いたスマート医療の導入を推し進める。医療従事者の事務負担を減らしつつ、患者1人ひとりに個別化された医療を提供するためのAIプラットフォームの構築を進める。将来的には介護現場にも適用し、健康寿命の延伸も図る。
<超高齢化社会到来に備え>
「台湾は日本と共通の課題を持つ」-。人口動態についてこう語るのは、ITRIのバイスプレジデントでバイオメディカル技術・医療機器研究所の所長を務める莊曜宇氏だ。日本ではすでに約3割の人口が65歳に達し、台湾も2割に近い。死亡率が出生率を上回る人口の自然減は、ここ数年台湾でも生じている。
人口動態の構造的な変化を受け台湾では医療従事者の人手不足が深刻化し、医療機関では病室が空いていても使えない状況に陥っているという。ITRIはこの課題に生成AIの活用で挑む。
MedBobi2.0の操作画面
1月に米ラスベガスで開催された世界最大のテクノロジー見本市「CES」で、スマート医療アシスタントシステム「MedBobi(メッドボビ)1・0」を発表した。音声データや病理画像、患者の記録を統合し、患者1人ひとりに個別化された医療アドバイスを提供する。Bobiは台湾語で、「神のご加護がありますように」の意を示す。
7月、極東記念病院、中山医科大学病院、高雄退役軍人総合病院、奇美病院と協力し、アップグレード版の「MedBobi2・0」を立ち上げた。連携する病院の医療従事者が実際の臨床現場で使用し、医学用語やイントネーション、臨床シナリオのカバー範囲を広げる。
4病院と連携してAIアシスタントシステムの改良版を立ち上げた
MedBobi1・0で90%程度だった音声認識の精度は、MedBobi2・0で95%まで高まった。各種データの蓄積を通じてさらなる向上を図る。台湾語の地域ごとの訛(なまり)にも対応する。
<医療従事者の負担を軽減>
患者の引き継ぎに向けたカルテの入力では、30分かかっていた作業時間が3分に短縮できたという。今後は医師の外来診療や救急救命室(ER)への適用も目指す。年末までに基礎開発を終え、2026年中にリリースしたい考え。
超高齢化社会に対応するため、台湾政府は医療や介護に関わる情報プラットフォームを構築し、ヘルスケアシステムのデジタル化を加速している。日本の厚生労働省にあたる台湾衛生福利部が主導する形で、患者の記録を病院間で共有するためのデータの規格を統一。各医療機関は独自のシステムを構築して情報を管理し活用する仕組みだ。
病院で行ってきたケアの一部を在宅医療に移す際、このデータ基盤を生かして治療歴や服薬の情報を共有し、患者1人ひとりに最適な治療の提供を図る。例えば、腎機能が低下した患者が受ける人工透析では患者ごとに異なる副作用が生じるが、蓄積されたデータの分析を通じ、負担を極力抑えるなどだ。
ITRIは、介護現場の負担を緩和するデジタル技術の構築にも注力する。夜間は1人で30人と昼間の倍の要介護者に対応する必要がある。睡眠の質を可視化するマットレスの開発や、Wi-Fiを使った呼吸および心拍数のモニタリング技術の高度化を図る。将来的には介護分野でもMedBobiの適用を目指す。
<先進技術の収益化も着々>
ITRIは1973年の設立以来、事業のスピンオフ(分離・独立)や技術ライセンスの供与を通じて技術の収益化につなげている。11月、がん免疫療法に使う細胞を増やす磁性ビーズ「iKNOBEADS」事業をスピンオフ。技術供与する緑内障の進行を遅らせる点眼薬も、27年から28年にかけて市販できる見通しだ。
がん免疫療法に使う細胞を増やす磁性ビーズ「iKNOBEADS」
iKNOBEADSは、粒径が数マイクロメートルの粒子表面に不規則な凹凸を持たせ、欧米の先行品に比べ免疫細胞を効率的に増やせる設計とした。免疫細胞との接触面積を増やすことで、がんの治療に必要な量を得られるまでの時間を短縮する。
米バイオ医薬品の開発・製造受託(CDMO)の採用が近く、磁性ビーズ事業をInnoCell Technology(イノセル・テクノロジー)として11月にスピンオフする。磁性ビーズの開発で得た知見を他の製品に展開するほか、生物製剤の製造に参入する考えもあるという。
患者の血液から分離した免疫細胞の遺伝子を改変し、がん細胞への攻撃力を高めてから患者の体内に入れるCAR-T療法やCAR-NK療法をターゲットにする。次世代のがん免疫療法に使うガンマデルタT細胞にも提案を進める。
CAR-T療法の場合、既存品を用いた標準的なプロセスでは細胞を取り出してから患者に投与できるまで10~12日を要するが、ITRIの開発品は7日程度に短縮できるという。
スピンオフ直後はITRI内のGMP認証拠点で磁性ビーズの製造を続ける。需要が拡大しスケールアップの資金が調達でき次第、新たに工場を作る計画だ。将来はビーズの製造だけでなく、生物製剤を手がけることも視野に入れる。
供与ずみの技術ライセンスで商業化が近いのは、緑内障の進行を遅らせる点眼薬だ。既存の薬剤に比べ、目が腫れるなどの副作用を抑えつつ、眼圧の上昇を引き起こす酵素の働きを阻害する効果を約40倍高めた。
台湾のバイオメディカル企業に技術を供与し、第1相および第2相の臨床試験が進んでいる。27年から28年にかけて市販できる見通しという。